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2023/09/06

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「女の幽霊」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 女の幽霊【おんなのゆうれい】 〔四不語録巻二〕能州飯山(いひやま)の谷入《たにいり》に神子(かみこ)ケ原(はら)と云ふ村有り。其所の百姓何某が妻、両腋に鱗これ有り。乳房も長く尺に余れり。子を背に負ひて、乳房を肩へ打かけて飲まするなり。力量これあり。壮夫の四五人が業《わざ》をも働きしなり。或時病死せしに、一七日《ひとなぬか》めに幽霊来りて夫を取殺《とりころ》すなり。その後もその霊時々現はれて、村中の女童ども恐るゝなり。同村に作蔵と云ふ者有り。死人《しびと》の墓に穴あれば、必ず幽霊現はるでものなりと聞き伝へたり。彼女《かのをんな》の墳(つか)にも若《も》し穴や有る、これを見んとて、送場坊主(そうばぼうず)何某と共に、彼女の墓を見れば案のごとく穴あり。埋《うづ》めよとて木を切込み埋めども、深くして埋まらず。さればとて打捨て置くも如何《いかが》とて、彼れ是れ集まりて土木を数多《あまた》打入れて穴を埋めけるに、其夜より彼女の幽霊、作蔵かたへ来りて、こそばかして難義に及ぶ故に、近隣のかくら田村に名作の刀《かたな》これ有るよし聞《きき》て、借り寄せ置きければ、それより来らず。三十日余りも過ぎてその刀を返しければ、また幽霊来るなり。或時山より柴を負ひ帰る所に、後《うしろ》より引くもの有り。例の曲者《くせもの》なるべしとかへりみれば、その儘作蔵をとらまへ、六七間あなたの谷底ヘ投げ込まれしに、作蔵は気を取失《とりうしな》ひ死入《しにいち》りにけり[やぶちゃん注:気絶・失神したの意。]。その後は幽霊来らずとなり。作蔵は死《しし》たると思ひし故なるべし。作蔵は正気付きて今に存命なり。延宝年中の事なり。作蔵物語りを聞きてこゝに記す。

[やぶちゃん注:「四不語録」「家焼くる前兆」で既出既注。写本でしか残っておらず、原本には当たれない。但し、この話、当該ウィキがある。標題は「力持ち幽霊」。

「能州飯山(いひやま)」現在の石川県羽咋(はくい)市飯山町(いのやままち読み注意。グーグル・マップ・データ)。

「神子(かみこ)ケ原(はら)と云ふ村」上記のリンクした地図の南東の山間に入ったところに、羽咋市神子原町(かみこはらまち)がある(グーグル・マップ・データ航空写真)。

「両腋に鱗これ有り」思うに、魚鱗癬のような疾患ではなく、双方のわきの下にあることから、複乳の可能性が高いように思われる。

「送場坊主」初めて聴く名だが、恐らくは、寺院に附属し、専ら、遺体の搬送と埋葬に携わった僧形をした被差別民(死穢に触れるために彼らから選ばれた)であろうと思われる。

「かくら田村」不詳。「ひなたGPS」の戦前の地図も調べたが、それらしい地名は見当たらない。作者の聴き違いが疑わられる。

「六七間」十・九一~十二・七三メートル。

「延宝年中」一六七三年から一六八一年まで。徳川家綱・徳川綱吉の治世。]

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