譚海 卷之八 蟹鳥に化したる事 (フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
又、常州にて、蟹の鳥に變じたるを見たりとて、物語りせしは、その人、
「水戶の、ある醫師の宅に寓居せし折(をり)、その庭の池に大成(だいなる)蟹ありしが、鳥に成(なり)たるを見付(みつけて)て、人々、每日、行(ゆき)てうかゞひたるに、やうやう日數(ひかず)をかさぬるまゝ、蟹のはさみの所、鳥のくちばしと變じ、左右の四足は、はねに變じ、二つに、蟹の甲、別れて、片々(かたがた)の四足、日ごとに二足は、かたわれの方へうつりて、左右のはねと成(なり)ぬ。
今一つの甲にある足も、かたの如し。
うつり變じて、つひに、二羽の「かいつぶり」となりて、飛びめぐり、池中(いけなか)に住(すむ)事、數日(すじつ)なりしに、いつ、とびさりしもしらず、失せける。」
と、いへり。
[やぶちゃん注:あり得ない化生(けしょう)説であるが、これは一個の巨大な蟹が、甲が縦に分離して、二羽の「かいつぶり」(鳥綱カイツブリ目カイツブリ科カイツブリ属カイツブリ亜種カイツブリ Tachybaptus ruficollis poggei 。南大東島には固有亜種ダイトウカイツブリ Tachybaptus ruficollis kunikyonis が棲息する)となったというのは、作り話ではあるが、トランスフォーマーぽく、捻りが入っていて面白い。カイツブリは殆んど水上(通常は淡水の湖・池や河川をフィールドとする)で生活し、浮いた状態での泳ぎも上手い。通常の鳥よりも尻に近い所から後脚は生えており、泳ぐ際の後脚の動かし方は、カエルのそれに似ている。古来より「鳰の浮き巢」で知られるように、巣も水際に作る。水界で異種のカニとカイツブリは確かに接近しており、化生説を容易に語れるという親和性があるとも言える。蟹の同定はする気にならない。池だから、大蟹となると、ロケーションが海辺に近いのであるなら、モクズガニ・ベンケイガニなどが想起されるが、真面目に考証する気にはならない。
「又」この本篇は、「卷八」の第三話目であるが、冒頭が水戸を舞台としたもので、二番目が筑波山の話となっており、ロケーションに地域的親和性があるために、かく、枕したに過ぎない。]
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