フライング単発 甲子夜話卷之七 25 蛇、女を見こみたる事
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]
7―25
一日(いちじつ)、久留里(くるり)侯の別邸を訪(おとなひ)しとき、その臣等、打よりての話(はなせ)し中(うち)に、その領邑《りやういふ》の事なりとかや。
藩士某(なにがし)、野外を通行せしに、路傍の草むらある處に、一女子(いちぢよし)の立(たち)ては踞(うづくま)り、又、立(たち)ては踞ること、屢(しばしば)
にして、ことに難儀の體(てい)なりしかば、
「いかにして、如ㇾ斯(かくのごとき)や。」
と問へば、女、答ふ。
「あれ、見給へ。向ふの土穴(つちあな)の中の蛇、我を見込みたりと覺(おぼえ)て、穴より首を出(いだ)し、我立(たた)んと爲(す)れば、穴より出(いで)て、追來(おひきたら)んとするの勢(いきおひ)あり。因(よつ)て、踞れば、また、穴に入(い)る。故に逃去(にげさら)んとすれども、不ㇾ能(あたはず)。」
と云(いふ)。
士、因(より)て、試(こころみ)に、其女を立(たた)しむれば、其言(げん)の如し。
士、云ふ。
「憂(うれふ)ること、勿(なか)れ。我、一計あり。」
女、涕泣して脫(のが)れんことを求む。
士、乃(すなはち)、佩刀を拔き、穴口に當て、女を使(し)て、急に逃去らしむ。
蛇、忽(たちまち)、穴を出(いで)て、追はんとするに、首(かう)べ、刀(かたな)に觸(ふれ)て、兩段となり、女は、遂に、難を免(まぬ)れたりとなり。
■やぶちゃんの呟き
この手の話は中古以来、さわにある。
「久留里侯」上総国望陀(もうだ)郡久留里(現在の千葉県君津市久留里)の久留里城を居城とした藩。ここ(グーグル・マップ・データ)。房総半島の、まさに臍に当たる。
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