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2023/09/27

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「鱚釣の竿」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 鱚釣の竿【きすつりのさお】 〔反古のうらがき巻一〕きす釣は工拙によりて獲物多少あれば、釣道具釣竿に至る迄、むつかしき物なり。近来は左程迄むつかしき事もなく、多く涌《わ》きたる年は、はぜ同様に釣ることもあれども、一体釣りにくき物なり。故に釣竿の好《よ》きを選みて、争ひて買ふに、価《あたひ》一竿金一歩も出るよし、これを持《も》て出《いづ》れば、衆にすぐれて獲物《えもの》ある事なり。されども此の如きは稀にて、皆三四匁位にて事を済す者多し。獲物はその日の日並によりて、大体には獲物あることぞかし。或士釣を好みて、道具も相応なるを用ひ、獲物も相応に有りて、一日快く楽しみ、酒など取出《とりいで》て数盃を傾け、気げん一倍して釣りけり。品川沖を東へと釣り行きけるに、手ごたへして引上げるに、釣ばりとおもりと一具かゝりたるにて、魚はなし。その儘に引上げて、段々と引くに、糸つきて竿出たり。またこれを引くに、余程よき竿にて、高金の道具も見ゆる。大事に引上げ、竿の元に至れば、堅く握り詰めたる片腕見えたり。その人も興醒めて見えしが、酒の力にか、胆《きも》太くもその腕をとらへ、余り好き竿なればおれがもらふと言ひざまに、腕を引離《ひきはな》ち突きやりて、船を早めて乗りかへしけり。よくよく見るに勝れし釣竿にて、つり合よし。思ふにこの人高金《たかがね》にて求めしが、如何してか過ちて溺死するといへども、この竿の借しさに、堅く握りて死けると思へば、吾も人も同じ物好きの余り、命を落すといへども、執著《しふじゃく》するならんとて回向《ゑかう》して、矢張この竿を用《もちひ》て釣りに出《いづ》るよし、語り伝へしを聞ける。

[やぶちゃん注:私の「反古のうらがき 卷之一 きす釣」を参照されたい。かなり入れ込んで注をしてある。]

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