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2023/09/03

譚海 卷之十 丹後國大江山鬼の洞の事 (フライング公開)

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]

 大江山は三分は丹波へかゝり、七分は但馬と丹後へかゝりたれども、丹波の大江山といひつたへたるなり。

 「鬼が城」は、麓より、凡そ五里ばかり、ふもとは福智山の北おもてなり。ふくち山は朽木(くつき)侯の領分、山の上り口は山の口村といふ。岩屋は、常に、雫(しづく)落ちて、入(いり)がたし。殊に、帶刀(たいたう)などにては、岩にさゝへて、猶、入(いり)がたし。

「鬼の洞」は、又、別に、出雲國、「院(ゐん)の莊(しやう)」といふに在(あり)。丹波の「見たて山」まで三十六里なり。

 洞中、岩かど、つき、鐘のいぼの如く、白く、黑く、みゆ。

 奧行(おくゆき)三十六間ほど、前口(まへくち)八間ほど、地の高さ、壹丈四尺ほどなり。

 はじめ、入(いる)處、たゝみ三十二、三疊ほど、敷(しか)るゝ所あり。

 その次は、二十四疊くらひ[やぶちゃん注:ママ。]、其次は、十二疊位、其次に、深き穴、有(あり)。

 長さ三間ほどの竹を入れてみれども、底へ、とゞかず。

 松平淡路守殿、入部のとき、入(いり)て見玉ひしに、付添ふ家來、殘らず、白刄(はくじん)にて入(いり)たり。

 案内の者、所の老翁、七十歲餘りなるもの、しるべして、松明(たいまつ)十六本、ともし入(いり)たり。蝙蝠、夥しく、驚き、飛びまはりたると、物がたりぬ。

[やぶちゃん注:「大江山」京都府福知山市大江町(おおえちょう)のここ(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。

「福智山」「福知山」が正しい。ここは広域地名。

「朽木侯」福知山藩藩主家。時に朽木藩とも呼ばれるが、交代寄合朽木家(元綱の長男に相続される宗家)の知行所であり、「藩」と呼ぶことには異議がある。

「山の口村」「Stanford Digital Repository」の戦前の「大江山」の地図を見ると、中央の最も下の、『鬼ヶ城』のピークの東方に、「佐賀村」があり、その北直近に「山野口」という地名が確認出来るので、ここであろう。現在もここにある。但し、ここは大江山からは南南東に有意に離れた位置で、由良川沿いの細い盆地を挟んでいて、大江山の尾根続きではない。

「岩にさゝへて」「岩に障(ささ)へられて」の誤りであろう。岩に遮られて。

『「鬼の洞」は、又、別に、出雲國、「院の莊」といふに在』この叙述はおかしい。この「院の莊」は現在の岡山県津山市院庄(いんのしょう)であり、出雲街道の途中ではあるが、旧出雲国ではなく、美作国だからである。しかも殆んどが平地で、洞がありそうなのは、東北の一画だけである(グーグル・マップ・データ航空写真)。後の松平淡路守に引かれて、誤認したものであろう。ともかくも、本篇の標題は、この後半部は地理的には全くの羊頭狗肉としか私には思えない。

『丹波の「見たて山」』不詳。

「三十六間」六十五メートル半。

「前口」洞の入り口。

「八間」十四メートル半。

「壹丈四尺」四・二四メートル。

「三間」五・四五メートル。

「松平淡路守殿」出雲国広瀬藩七代藩主松平淡路守直義(なおよし/ただよし 宝暦四(一七五四)年~享和三(一八〇三)年)か。

「白刄」抜き身の刀。]

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