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2023/09/15

フライング単発(部分) 甲子夜話續篇卷之八十『寬政紀行』の内の寛政十二年十月十四日の早岐での記事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。

 この当該巻は、巻全体が『寬政紀行』で、長いため、とても今までのようなフライング単発で全部を電子化する余裕はない。されば、特異的に当該部分をのみを示す。なお、この紀行は、静山がこの寛政一二(一七九九)年、在国中に病気(足の痛みと浮腫が生じた旨の記載がある)になり、幕府に申請して、冬を江戸で養生することに決し、十月十三日に平戸を出立、この十一月末に江戸へ至る間のそれである。全体は、行く先々の出来事や珍奇な対象を語って、なかなかに面白いものではある。なお、以下の「(早岐の河童の手の事)」は、私が勝手に作った標題である。]

 

80―(早岐の河童の手の事)

 十四日、佐々(さざ)をうちたち、早岐(はいき)に赴(おもむく)とて半坂(はんざか)の嶺(たうげ)に息(やす)らひ、四方の景色をながめけるに、多くの嶋山の間、蒼海を連ねて、眼の際(きは)、みな、我領地にこそ、これわが賴み誇るべきことにあらず。

 祖先の舊邦とはいひながら、ひとへに、道可(だうか)公の功(いさほし)にてぞ坐(ましま)しける。

 されば、かかる御蹟を嗣(つぎ)奉りししるしに、この民を安んじ、患(わづらひ)なからしめんことぞ、わがせめての繼志の孝にやと思(おもふ)に、

乀日(ひ)午(うま)[やぶちゃん注:昼の十二時前後。]のほどに、佐世保に到り、庄屋に休(やすら)ひ、日宇(ひう)に赴く。

 其路の傍(かたはら)に、人、ふたり、跪(ひざまづき)ゐけるを見るに、年每に、予が輿(こし)を舁(かい)て吾妻(あづま)の往還する、やとい人、新次郞・源四郞といへる者なり。

「こはいかに。此旅は定(さだま)りし時にもあらず、且(かつ)、御允(ごいん)し、豪(ごう)たるたよりを聞(きき)て、不日(ふじつ)に途(と)に赴(おもむき)ぬれば、かくと告(つげ)やるべきならねば、言(げん)もおくらず、いかにして來りしや。」[やぶちゃん注:「御允」は君主が臣下の申し出を受けて許すことを言う。ここは、第十一代将軍徳川家斉と、静山の間のやり取り、ということになる。]

と聽(きく)に、

「其頃は、江都(かうと)[やぶちゃん注:江戸の雅称。]に候ひしが、去月(いぬるつき)の中(なかば)、其事のきこゑ候へしゆゑ、十七日に御第(ぎよだい)に參りて、御國(おんくに)たたせ給ふころを、尋(たづね)まいらせしに、此月半(このつきなかば)にやあらんと承りて、さらば、いそぎ御國にいたり、從ひ申さむと、其明日に江都を打立(うつたち)、夜を、日に、つぎて、はせ下りぬ。」

と、いひし。

 廿七日の間に、四百里のはるかなるを、來りにけり。

 是、利の爲ならば、かくも有べきに、我もとに來りしとて、彼等やとひぬる價(あたひ)は定(さだま)りぬるほどにて、餘多(あまた)の惠(めぐみ)あるにもあらず。これは、年每(としごと)のことなれば、彼等も知れる所なり。

 されば、利の爲ならず。

 又、必しも、人に從はむと思はば、我にかぎらず、東都には、いかほども隨行方(ずいかうがた)は有りて、其(その)口腹(くちはら)は養ふべし。

 しかるに、遼遠の路を志し來ぬるは、年頃(としごろ)の恩義によりて、かく、有(あり)けむと、卑き者なれど、我(わが)こころの中(うち)を省みぬれば、恥かしくこそ。

乀早岐の町、魚問屋與次兵衞(名字は岩永といふ)のもとに、河童の手とてありと、きく。

 とりよせ視るに、全(まつた)からで、掌(てのひら)よりさきのみ、あり。

 皮は、脫して、骨のみなるが、其形は、大(だい)なる猿の手とも、いはむものにて、指、四枝(しし)ありて、長く、屈節、三ツ、あり。

 爪も、つきたるが、狗(いぬ)の爪ともいふべく、先、尖り、色、赭(あか)し。

 年經たりと覺しく、乾枯(かんこ)したるに、指のまたに、水かきと見えしもの、殘れり。

 予が藏し、享保の頃[やぶちゃん注:一七一六年~一七三六年。])、江都に捕えし河童の圖[やぶちゃん注:これは、先行する『柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「河童」』の最初に掲げた挿絵のあるそれである。]、と想比(おもひくらぶ)るに、いかさま、其物の手といふも、眞(まこと)なるべし。

「何(いづ)れにて、獲(とり)て傳しか、其由も、知らず。ただ、祖父の時より、有り。」

といふのみ。

■やぶちゃんの呟き

「佐々」現在の長崎県北松浦(きたまつうら)郡佐々町(さざちょう:グーグル・マップ・データ。以下無指示は同じ)。

「早岐」長崎県佐世保市早岐町(はいきちょう)。

「半坂の嶺(たうげ)」長崎県佐世保市八の久保町内に史跡「半坂峠駕籠立場」がある。

「道可公」静山の八代前の戦国大名で嵯峨源氏一流松浦氏二十五代当主であった松浦隆信の法名。詳しくは当該ウィキを読まれたい。

「日宇」長崎県佐世保市日宇町(ひうちょう)。

「予が藏し、享保の頃、江都に捕えし河童の圖と、想比(おもひくらぶ)るに、いかさま、其物の手といふも、眞(まこと)なるべし」この謂いから、静山は河童の実在を疑っていないことがはっきりする。彼は、一種、自由人としてロマンチストでもあったように思うのである。そこが、好き!

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