フライング単発 甲子夜話卷之二十三 23 越前の陰火
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]
23-23
越前の大野郡に九頭龍川と云(いふ)あり。川北は、水田數里、相連(あひつらな)る。
この處、陰雨の夜には、必(かならず)、數千(すせん)の陰火、毬(まり)の如く、四方より飛び集り、鬪戰(とうせん)するの狀(かたち)あり。
暫(しば)しで、又、碎け散る形、敗走するが如し。遠望に分明にして、其場に至れば、有ること、なし。暮後(くれあと)より、五更に至ると云ふ。
里人(さとびと)、相傳(あひつた)ふ、
「これ、昔、平泉寺の僧徒、戰沒の冤魂、この幽火を爲す。又、新田義貞、自害せし藤島の地も、この下流にあれば、皆、戰亡の迷魂、散ぜずして、如ㇾ此(かくのごとし)。」
と云ふ。
これ、其土人、目擊にして、妄說に非ず。
此等の陰火は、何の爲(す)る所なるか。
天地間には、不可解の異事も有るもの也【平泉寺、今に、越前にあれど、昔に比すれば、微々たり。昔は、その寺、最大にして、僧徒の戰爭、屢(しばしば)なりしこと、「太平記」を見ても知るべし。】。
■やぶちゃんの呟き
「陰雨」ここでは、「しとしとと降り続く雨」の意。
「五更」午前三時頃から午前五時頃まで。
「平泉寺」福井県勝山市平泉寺にあった天台宗の寺。山号は霊応山。養老元(七一七)年、泰澄の創立と伝えられる。加賀国白山権現の別当寺。応徳元(一〇八四)年から延暦寺に属し、「白山信仰」を背景に栄えたが、明治初年、神仏分離により、寺号を失い、白山神社(グーグル・マップ・データ)となった。私は大学生の時、父母と訪れたことがあり、静謐な境内に心打たれた。今も絵葉書を持っている。
「藤島」新田義貞は延元三/建武五(一三三八)年)閏七月上旬、越前国藤島(福井市藤島町附近。グーグル・マップ・データ)の灯明寺畷にて、斯波高経が送った細川出羽守・鹿草公相の軍勢と交戦中、戦死した。
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