譚海 卷之八 江戶本所の大工狐の玉を得たる事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
江戶本所龜井戶の名主、地面に住する大工某、ある夏の宵、すゞみ居たるに、狐一疋、出てあるきたるが、何やらん、狐、手にて、まろばしやれば、
「ばつ」
と、火、もえ出(いづ)る。
能(よく)うかがひみれば、火のもゆる所をとめて[やぶちゃん注:探して。]、地を照らし、蟲をひろひてくふやうすなり。
あやしく思ひて、段々、ちかよりたるに、狐は、むしを拾ふ事に、人あるをも、わすれて、いみさけず[やぶちゃん注:「忌み避けず」。]、度々(たびたび)、まろばし、きたりて、手元近く、まろびきたるとき、大工、あやまたず、是をつかみければ、狐は、それにおどろろきて、にげうせたり。
手にとりて、よく見れば、しろき玉なり。
珍しく思ひて、持歸りて祕藏せしに夜など、會集の席にて、人人、歸るとき、草履など尋(たづね)けるに、此玉をとり出(いだ)してまろばせば、例の如く、火もえ出で、付木(つけぎ)をもちひず、あかりの用を辨じけり。
いよいよ、重寶して、三年斗(ばか)り、此玉を所持する間、狐一疋、とかく、大工につきそひて、晝夜、離れず。
何となく、としへて、大工、瘦(やせ)おとろへ、人も見聞(みきき)て、
「この玉の、祟りなるべし。」
と、いひしかば、大工も、
『詮なき事。』
に、おもひて、やうやう、
『玉を、かへさばや、』
と、おもふ心、付(つき)けり。ある夜、
「もの求むる。」[やぶちゃん注:「何となく(玉を)求めるものがいる」の意であろう。]
とて、心より、はるか外に、玉をなげやりつれば、あやまたず、狐、をどりよりて、やがて、玉をとりて、にげうせたりとぞ。
其後、大工は、事なくあり、とかたりし。
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