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2023/10/21

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「黒ん坊」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 黒ん坊【くろんぼう】 〔享和雑記巻二〕美濃国大垣より北へ行く事十里、外山《とやま》と云ふ処あり。次第に山中に入れども、これ迄は牛馬通ふなり。これよりは弥々(いよいよ)山道嶮岨にして、登り下り三里の難所を越えて根尾に至る。山中に廿七村あり。泉除(いづのき)川といふあり。昔この辺一面に水溢れ、流れたりしを岩を切り、山を崩して水道を付けしより、水落ち平地となりし故、其所を泉除川といふとぞ。<中略>此所に善兵衛といふ杣人(そまびと)あり。奥山へ入りて木を伐出《きりいだ》す事数《す》十年なり。[やぶちゃん注:文章が不自然。以下の異物は、善兵衛ではないので、注意!]然るにその形猴《さる》の如くして、大きく、色黒く毛長し。能く立《たち》て行く事人の如し。またよく人言をなして、あらかじめ人の意を察する事神の如し。もし人有りてこれを殺さんと欲すれば、先づその意を知りて速かに遁れ去る故、捕る事能はず。これを黒ん坊と名付く。いつとなく善兵衛に馴れて、善兵衛山へ入る時は、黒坊来り手伝ふ。大いに助けとなりて害をなす事なく、後には善兵衛が宅へも伴ひ来て、人の如く働き居る事度々《たびたび》なり。然るにこの辺に三十歳ばかりの後家あり。容貌うるはしかりければ、人々再縁をすゝみけれども、十歳ばかりの男子有りければ、これに家を継がせてその身《み》後見せんとて、更に得心せず、独身にて暮しける。然るに頃日《けいじつ》[やぶちゃん注:近頃。]夜更け人静まりぬれば、夢の如くに人来りて契りをこめんと欲する者あり。夢かと思へば現(うつゝ)なりしかば、後家甚だ怖ろしく、また怪しき事に思ひ咄しける故、村の人々是れを見顕《みあらは》さんと、物陰に忍びて様子を伺ひぬれば、その夜は来らず。かくて二三日も夜毎《よごと》に待ちけれども、それぞと思ふ事もなければ、人々もあきれて止みぬ。人待たざれば彼《かの》者来る事例の如し。後家甚だ難儀に思ひけるが、この家に由縁《ゆかり》ありて昔より伝はりし観世音あり。代々大切に致し、また日頃信心せし事なれば、この節の災難救はせたまへと一心に祈りける。その夜の夢にこの事、人頼《ひとだの》みにては去り難し、汝心を定めて決断すべしと、あらたなる霊夢を蒙りし程に、後家も覚悟を極《きは》め居《をり》たる所へ、その夜も彼者来りて怒り怨(ゑんず)る事頻りにて、我《わが》申す事に背《そむ》く上は、汝が日頃大切にする観音を打破り捨てんと、已に仏壇より引出したり。この時後家も聢(しか)と目覚(めざめ)ける故、隠し置きたる鎌にて彼者を切りければ、思ひ寄らずや有りけん、大いに狼狽して逃去りたり。倅《せがれ》は近所を馳せ廻りて、かくと告げたりしかば、人々早速集りてその血をしたひ尋ね行くに、善兵衛が住居の椽(えん)の下へ入り、それよりまた山の方へ逃げ行きし様子なり。これより後、彼黒ん坊来る事無し。彼が仕業《しわざ》なるべし。これ𤣓(やまこ)といふ物の類なるべし。𤣓の事は『本草綱目』に見えたり。純牡にして牝なし。能く婦女に接して倡《あそび》をなし、子を生むといふ。美濃・飛驒には深山多ければ、これ等の者も住むなるべし。

[やぶちゃん注:「享和雑記」柳川亭(りゅうせんてい)なる人物(詳細事績不詳)になる世間話集。三田村鳶魚校訂・随筆同好会編になる国立国会図書館デジタルコレクションの『未刊隨筆百種』第三巻(昭和二(一九二七)年米山堂刊)のこちらで正字で全文が視認出来る。

「外山」大垣からの位置から見て、現在の岐阜県本巣市外山(グーグル・マップ・データ。以下無指示は同じ)であろう。

「根尾」外山の北に非常に多く「根尾」を含む地区が現存する。この附近全体である。「山中に廿七村あり」というのが、大袈裟でないことが判る。

「泉除(いづのき)川」不詳。唯一、検索で掛かったのは、YoukaiTama氏のブログ「妖怪部妖堂日記帳」の「とりあえず、やまこ」に、『岐阜県本巣郡根尾村』『――現在の本巣市の泉除川に善兵衛という樵が居り、その小屋に黒ん坊というものが出入りしていた』とあるのだけであった。

「𤣓(やまこ)」は私の寺島良安「和漢三才圖會 卷第四十 寓類 恠類」の「やまこ 玃」を見られたい。漢字が違うが、異体字であるので同一である。筆者は、恐らくちゃんと「本草綱目」を見ていないような気がする。「漢籍リポジトリ」のこちらの「獼猴」(ビコウ/さる/ましら:実在するサルのこと)の「附録」にちゃんと「玃」とある(「𤣓」の字は載らない)からである(ガイド・ナンバー[120-37a]で影印本画像も見られる)。時珍は冒頭で、『附録 玃音「却」。時珍曰、『玃老猴也。生蜀西徼外山中。似猴而大、色、蒼黒、能人行善攫持人物、又、善顧盻故、謂之「玃」。純牡、無牝。故、又、名「玃父」、亦、曰、「猳玃」。善攝人婦女為偶生子。』とあって、「玃」は「老いた猴である」としつつ、「牡のみで牝はいない。」とし、「婦女につるんで、子を生ます。」とある妖猿である。]

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