「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「鵞鳥」
[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。
また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。]
鵞 鳥
チエンネットも村の娘とおんなじに、巴里に行きたいと思つてゐる。然し、その彼女が鵞鳥の番さへできるかどうかあやしいものだ。
實をいふと、彼女は鵞鳥を追つて行くといふよりも、そのあとについてゆくのだ。編物をしながら、機械的に、その一團のあとを步いて行くだけで、あとは大人のやうに分別あるトゥウルウズの鵞鳥に委(まか)せきりにしてゐる。
トゥウルウズの鵞鳥は、道順も、草のよしあしも、小屋へ歸る時刻もちやんと知つてゐる。
勇敢なことにかけては雄の鵞鳥もかなわないくらいで、惡い犬などが來ても立派に姉妹(きやうだい)の鵞鳥たちをを庇つてやる。彼女の頸は激しく顫へ、地面とすれすれに蛇のやうにくねり、それからまた眞つ直に起き上る。その樣子に、チエンネットはおろおろするばかりで、これには顏色なしである。で、萬事うまく行つたと見ると、彼女は意氣揚々として、こんなに無事におさまつてゐるのは誰のお蔭だと云はんばかりに、鼻聲で歌ひ始める。
彼女は、自分にはまだそれ以上のこともできると堅く信じてゐる。
で、或る夕方、たうとう村を出て行く。
彼女は嘴で風をきり、羽根をぺつたりくつつけて、道の上をぐんぐん步いて行く。女たちは、擦れ違つても、こいつを止(と)める勇氣がない。氣味の惡いほど速く步いてゐるからだ。
そして一方でチエンネットが、向ふに取り殘されたまま、てんから人間の力を失つてしまひ、鵞鳥たちとおんなじに何の見分けもつかなくなつてゐるうちにトゥウルウズの鵞鳥はそのままパリへやつて來る。
[やぶちゃん注:鳥綱カモ目カモ科ガン亜科マガン属ハイイロガン Anser anser とサカツラガン Anser cygnoides の系統に属する品種を基本とするものが、本来のガチョウである。当該ウィキによれば、『現在』、『飼養されているガチョウは』、『ハイイロガンを原種とするヨーロッパ系種』(☜本篇のものはこちら)『と、サカツラガンを原種とする中国系のシナガチョウ』『に大別される。シナガチョウは』、『上』の嘴の『付け根に瘤のような隆起が見られ、この特徴によりヨーロッパ系種と区別することができる』とある。
「トゥウルウズ」Toulouse。トゥールーズはフランス南西部にあるコミューンで、オクシタニー地域圏の首府であり、オート=ガロンヌ県の県庁所在地である。但し、ルナールはここに住んだことはない。ヴァカンスで訪れた際の嘱目か。因みに、この町は美食の街として知られ、特にフォアグラ(ガチョウやアヒルに沢山の餌を与えることにより、肝臓を肥大させたもの)が旨いことでことで知られるから、或いは、それを引っ掛けて、少し頭がゆるい田舎娘がフォアグラのように、パリの通人の餌食になってしまうだろうことを示唆しているように私には思われるの。
「チエンネットが、向ふに取り殘されたまま、てんから人間の力を失つてしまひ、鵞鳥たちとおんなじに何の見分けもつかなくなつてゐるうちに」この当該する箇所に、辻昶訳一九九八年岩波文庫刊「博物誌」では、注があり、『フランス語の「がちょう」という言葉には、「ばか者」の意味があり、「がちょうのようにばかだ」というと、「とてもばかだ」という意味になる』とあった。
なお、本篇には、明石哲三氏の挿絵が挿入されている。ここ。]
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L'OIE
Tiennette voudrait aller à Paris, comme les autres filles du village. Mais est-elle seulement capable de garder ses oies ?
A vrai dire, elle les suit plutôt qu'elle ne les mène.
Elle tricote, machinale, derrière leur troupe, et elle s'en rapporte à l'oie de Toulouse qui a la raison d'une grande personne.
L'oie de Toulouse connaît le chemin, les bonnes herbes, et l'heure où il faut rentrer.
Si brave que le jars l'est moins, elle protège ses soeurs contre le mauvais chien. Son col vibre et serpente à ras de terre, puis se redresse, et elle domine Tiennette effarée. Dès que tout va bien, elle triomphe et chante du nez qu'elle sait grâce à qui l'ordre règne.
Elle ne doute pas qu'elle ferait mieux encore.
Et, un soir, elle quitte le pays. Elle s'éloigne sur la route, bec au vent, plumes collées. Des femmes, qu'elle croise, n'osent l'arrêter. Elle marche vite à faire peur.
Et pendant que Tiennette, restée là-bas, finit de s'abêtir, et, toute pareille aux oies, ne s'en distingue plus, l'oie de Toulouse vient à Paris.
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