明恵上人夢記 105
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一、同八月七日の朝、禪より起(た)ちて、臥息(ぐわそく)す。夢に云はく、一人の聖人有り。
『是(これ)、「迦葉尊者(かせふそんじや)」。』
と思ふ。予、一聚(ひとむら)の瓔珞(やうらく)を持ちて、其の上を覆ひ奉る。迦葉、其の後に、此(ここ)を過ぎて還り給ふと云々。是、祈請具戒之(の)間(かん)の夢也と云々。
[やぶちゃん注:これは夢の記載が順列ととるなら、承久二(一二二〇)年八月七日が時制となる。
「迦葉尊者」釈迦の十大弟子の一人大迦葉(だいかしょう)。サンスクリット語「マハーカーシヤパ」の漢音写。仏教教団に於ける釈迦の後継(仏教第二祖)とされ、釈迦の死後、初めての結集(第一結集、経典の編纂事業)の座長を務めた。「頭陀第一」といわれ、衣食住にとらわれず、清貧の修行を行った。「摩訶迦葉」「摩訶迦葉波」「迦葉」「迦葉波」とも呼ばれる(当該ウィキに拠った)。
「一聚(ひとむら)の瓔珞」「瓔珞」は、珠玉や貴金属を編んで、頭・首・胸に懸ける装身具。仏・菩薩などの身を飾るものとして用いられ、寺院内でも天蓋などの装飾に用いる。元はインドの上流階級の人々が身につけた飾りであった。「一聚」はここでは、一つの完璧な欠けるところがない完成された一つのそれを指す。音では「いつじゆ」「ジユ(ジュ)」は呉音。慣用音で「いつしゅう」と読んでもよい。
「此」明恵の寝ていた所。
「祈請具戒」「希求祈請具足戒」(けぐきせいぐそくかい)のことであろう。通常は、涅槃を一身に求め(希求)ることを心に誓って祈り請け(祈請)、そのための僧が守らなければならない戒律(比丘には二百五十戒、比丘尼には三百四十八戒あるとされる)を守ることを誓う修法(しゅほう)。
「祈請具戒之間の夢」「この夢は、全体が「希求祈請具足戒」を守ることを誓った夢の中の一部であった。」というのである。明恵は眠っていても、修法を行っている夢を見るのである。則ち、睡眠中でも、脳が常識を超えた恐るべき覚醒をしていることを意味するのである。]
□やぶちゃん現代語訳
同年八月七日の朝、禅の修法(しゅほう)を終えて、立って、少し横になって休息した。その折り、こんな夢を見た――
一人(ひとり)の聖人が、おられる。
その瞬間、私は、
『これは! 迦葉尊者さまだ!』
と思う。
私は、一連の瓔珞(ようらく)を持って、その迦葉尊者さまの御身の上を、覆い奉った。
迦葉さまは、その後(のち)に、ここを過ぎ行きて、お還りになられる、と……
これは、祈請具戒(きせいぐかい)の間(あいだ)の夢の中で、見た夢である、と……

