「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「孔雀」
[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。
また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。]
孔 雀(くじゃく)
今日こそ間違ひなく結婚式が擧げられるだらう。
實は昨日の筈だつた。彼は盛裝をして待つてゐた。花嫁が來さへすればよかつた。花嫁は來なかつた。然し、もう程なく來るだらう。
意氣揚々とインドの王子(プリンス)然たる足どりで、彼はそのあたりを散步する。新妻への數々の贈物は、ちやんと自分の身につけて持つてゐる。愛情がその彩色の輝きを增し、帽子の羽根飾は竪琴(たてごと)のやうに震へてゐる。
花嫁は來ない。
彼は屋根の頂(いただき)に登り、ぢつと太陽の照らす方を眺める。彼は魔性(ましやう)の叫びを投げかける――
――レオン! レオン!
かうして花嫁を呼ぶのである。何ものも姿を見せず、誰も返事をしない。庭の鳥たちももう慣れつこになつてゐて、頭をあげようともしない。さういつまで感心ばかりしてはゐられないのだ。彼は中庭に降りて來る。誰を恨むといふでもない。それほど自分の美しさを信じてゐる。
結婚式は明日になるだらう。
そこで、殘りの時間をどうして過そうかと、ただ、あてもなく踏段の方へ步いて行く。そして、神殿の階段(きざはし)でも登るやうに、一段一段、正式の足どりで登つて行く。
彼は裾長の上衣の裾を引き上げる。その裾は、多くの眼が注がれたまま離れなくなつてしまつたために、なにさま重くなつてゐる。
彼は、そこでもう一度、式の豫行やつてみるのである。
[やぶちゃん注:鳥綱キジ目キジ科クジャク属コンゴクジャク属インドクジャク Pavo cristatus(インドの低木の散在する開豁地に分布)、又は、マクジャク Pavo muticus(真孔雀。翠(みどり)系の光沢を持つ美しい羽色で、中国からベトナム、マレー半島にかけて分布)。他にコンゴクジャク Afropavo congolensis がいるが、同種はコンゴ盆地に分布するが、当該ウィキの♂の画像を見ていただくと判るが、長い派手な上尾筒(じょうびとう)を持たないばかりか、全身がずんぐりむっくりで、一部に濃い青、緑を含むものの全体に黒く見え凡そ我々のイメージする「孔雀」からは遙かに程遠いので、ここでは外す(以上は概ねウィキの「クジャク」に拠った)。
「レオン! レオン!」辻昶訳一九九八年岩波文庫刊「博物誌」では、ここに注され、『くじゃくの鳴き声の擬音(ぎおん)だが、レオンは男の名前なので、花嫁をよぶことばとしては、こっけいに聞こえる』とある。恐らくは、ルナールはその効果を含んでオノマトペイアしたものであろう。ウィキの「クジャク」の「鳴き声」には、『「イヤーン、イヤーン」または「キーオウ、キーオウ(インドクジャクの場合)」と独特の甲高い声で鳴く。夕方に多く、トランペットともネコの鳴き声に近いとも言われる』。『就寝前には』、『ねぐらの全羽が「ヒーオン」というコンタクト』・『コールを行って眠りにつく。また、ねぐらに敵が接近してきた時は、気がついた個体が「コッコッコッコッ」という警戒音を出して仲間に危険を知らせる。求愛の際には』『オスはメスに対して飾り羽を広げ、「ミャオー」という叫び声を上げるとともに尾羽を打ち鳴らすディスプレイ行為を行う』とあった。この中では、「レオン」は「ヒーオン」が近い。孤独な、この「博物誌」の孔雀は、独り寝の悶々たる夢の中でのみ花嫁を迎えるのかも知れない。]
*
LE PAON
Il va sûrement se marier aujourd'hui.
Ce devait être pour hier. En habit de gala, il était prêt.
Il n'attendait que sa fiancée. Elle n'est pas venue. Elle ne peut tarder.
Glorieux, il se promène avec une allure de prince indien et porte sur lui les riches présents d'usage.
L'amour avive l'éclat de ses couleurs et son aigrette tremble comme une lyre.
La fiancée n'arrive pas.
Il monte au haut du toit et regarde du côté du soleil.
Il jette son cri diabolique :
Léon ! Léon !
C'est ainsi qu'il appelle sa fiancée. Il ne voit rien venir et personne ne répond. Les volailles habituées ne lèvent même point la tête. Elles sont lasses de l'admirer. Il redescend dans la cour, si sûr d'être beau qu'il est incapable de rancune.
Son mariage sera pour demain.
Et, ne sachant que faire du reste de la journée, il se dirige vers le perron. Il gravit les marches, comme des marches de temple, d'un pas officiel.
Il relève sa robe à queue toute lourde des yeux qui n'ont pu se détacher d'elle.
Il répète encore une fois la cérémonie.
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