フライング単発 甲子夜話卷二十一 9 伊呂波茶屋の妖怪
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]
21-9
東叡の山外に「伊呂波茶屋」と云(いへ)る所あり。
その家の中にて、或時、來客の目前なる盞臺(さかづきだい)、自然に空中にあがる。
いづれも、驚き、さわぎたれば、行燈(あんどん)・烟架の類(たぐひ)、皆、あがる。
人々、不思議に思ひ、逃還(にげかへ)りけるが、每夜、この如きゆゑ、後は驚く者もなく、却(かへつ)て、これを、
「視ん。」
とて、人、多く來れり。
然るに、或夜、火鉢にかけたる鐵藥鑵(てつやかん)に、湯、よく、たぎりて有るもの、空中にあがりけるが、何(いか)にしてか、忽ち、落(おち)て、湯ばな、四方に散りたり。
これより、怪、一向に止みたり、と云ふ。
從來、狐狸の、人を欺きしなるが、やけどして、己れ、沸湯をあびしに、驚き、懲りて止めたりしか。
咲(わらふ)べし。
■やぶちゃんの呟き
「東叡」東叡山寛永寺。
「盞臺」杯(さかづき)を据える台。尻皿(しりざら)。盃の下に置いて、余滴を受けるもの。「渡盞」(とさん)とも言う。
「烟架」不詳。「煙管台」(きせるだい)或いは「煙管掛け」のことか。
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