フライング単発 甲子夜話卷之六十一 20 狐玉、雀玉
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]
61-20
林子話す。
「頃日(けいじつ)、營中にて、本多(ほんだ)豐州【田中侯。寺社奉行。】に邂逅せしときの言(げん)に、
『某邸の【數寄屋橋内。】稻荷祠を、當(とう)初午(はつうま)の間(あひだ)に合ふやうに迚(とて)、正一位を勸請し、口宣(こうせん)到來して、社壇へ納めし翌朝、
「壇上に、狐の玉ありし。」
とて持參、其日、營中に伺候する面々へ、示(しめし)けるを見しが、形は、これまで見し毛玉に替(かは)らず。たゞ、珍しきは、毛色、黑白斑(こくびやくのまだら)なりき。いかさま、其時の偶中(ぐうちゆう)せしも、頗る奇と謂ふべし。
その座に、大河内肥後守(御普請奉行)在りて話せしは、
「高井山城守(大坂町奉行)嘗て御目付を勤めしとき、肥州、同僚なりしが、其節、山州の話に、
『一日(いちじつ)、椽先(えんさき)に、雀の群集するを、何意(なにごころ)なく見居(みをり)たりしに、一雀(いちじやく)、立(たち)ながら、片翅(かたはね)を、少し、開き、嘴(くちばし)にて、『羽蟲(はむし)を、とるか。』と見しに、小玉、「はらり」と、落ちたり。因(よつ)て、山州、座を起てば、雀は驚(おどろき)て、皆、飛ぶ。その跡に「毳玉(けだま)」あり。指の腹ほどにして、色は、雀の腹毛(はらげ)と同じかりし。』
とぞ。」
これまた、未聞の奇事のみ。
■やぶちゃんの呟き
「狐玉」「堀内元鎧 信濃奇談 卷の上 狐の玉」を参照されたい。私はそこで、ケサランパサラン説を支持した。ウィキの「ケサランパサラン」も見られたい。但し、これ、猫が猫が吐いた毛玉じゃあないかなぁ?
「雀玉」これも雀の羽の生え替わりのそれでないの?
「林子」松浦清(静山:宝暦一〇(一七六〇)年~天保一二(一八四一)年)の友人で、お馴染みの儒者で林家中興の祖である林述斎(明和五(一七六八)年~天保一二(一八四一)年)。
「頃日」近頃。
「本多豐州」「田中侯」「寺社奉行」駿河田中藩第五代藩主本多豊前守正意(まさおき 天明四(一七八四)年~文政一二(一八二九)年)。文政五(一八二二)年七月十二日に寺社奉行に任じられ、文政八(一八二五)年四月二十八日に若年寄に任命されるまでの閉区間が時制となる(当該ウィキに拠った)。
「口宣」口で天皇の命を伝えること。「くぜん」とも読む。
「偶中」本来は「偶然に的中すること・まぐれ当たり」のことだが、ここは単にそうした晴れの折りに、たまたま壇上にあったことを言う。
「何意(なにごころ)なく」は私の勝手読み。
« 柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「下女の幽霊」 | トップページ | 柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「毛玉」 »