フライング単発 甲子夜話卷三十四 3 長崎の狐、買女をかふ
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]
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寬政中、長崎の買女屋(ばいぢよや)に珍事あり。
侍と見えし者、三輩、買女をあげ、遊興す。
宴(うたげ)、すみ、閨(ねや)に入り臥(ふし)たりしに、女の膚(はだへ)に、何か、毛のさはる樣(やう)に覺(おぼえ)ければ、探(さぐり)みるに、客の身(み)なり。
驚きたれど、知らぬ體(てい)にもてなし、急ぎ、二階を下り、主人に
「斯(かく)。」
と、告げたれば、主人、卽ち、老婆・若い者と、二階に上り、かの閨中(ねやうち)にいたるに、枕・衾(ふすま)のみにて、客は居(をら)ず。
いかにも、逃去(にげさ)りたるさまなり。
皆々、不審に思ひ、
「何さま、狐にて有(あら)ん。」
と、さきに揚代(あげだい)とて與へられし金子を見るに、別事なし。
それより、座席にて、老婆・若者に與へたる「花」の金(かね)を見れば、皆、木葉にして、金にあらず。
因(よつ)て、主人、女に、
「客と、交接せしや。」
と、問ひけれど、
「嘗(かつ)て交(まぢは)らず。」
と、答へしが、
「何にも彼(かの)毛の膚に觸れたるばかりに、非ずして、交合の時、常に異(ことな)りたるより、心著きたること。」
と、皆人、笑察(せうさつ)せりとぞ。
■やぶちゃんの呟き
「寬政中」一七八九年から一八〇一年まで。徳川家斉の治世。
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