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2023/10/30

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「小紋鳥」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

   

 

 

 これは私の家の庭に住む佝僂(せむし)女である。彼女は自分が佝僂のせゐで、よくないことばかり考へてゐる。

 雌鷄たちの方では別になんにも云ひはしない。ところが、だしぬけに、彼女は跳びかかつて行つて、うるさく追ひ廻す。

 それから今度は頭を下げ、體(からだ)を前かがみにして、瘦せつぽちの脚に全速力を出して走つて行くと、一羽の七面鳥が圓く羽根を擴げてゐる恰度その眞ん中を狙つて、堅い嘴で突つかかる。

 この氣どりやが、ふだんから癪に障つてしやうないのだ。

 そんな風で、頭を靑く染め、ちよび髭をぴくぴくさせ、いかにも兵隊好きらしく、彼女は朝から晚まで獨りでぷりぷりしてゐる。さうしては理由もなく喧嘩を吹きかけるのだが、多分、しよつちゆうみんなが自分のからだつきや、禿げ上がつた頭や、へんに下の方についてゐる尻尾(しつぽ)などを笑ひものにしてゐるやうな氣がするのだろう。

 そして、彼女はひつきりなしに劍の切先のやうに空氣を劈(さ)く調子外れの鳴き聲をたててゐる。

 時々、彼女は庭を出て、何處かへ行つてしまふ。お蔭で、平和な家禽一同をいつときホツとさせる。ところが、彼女はまたやつて來る。前よりもいつさう喧しく、騷々しい。そして、無茶苦茶に地べたを轉げ廻る。

 いつたい、どうしたのだ?

 彼女は胸に一物あつて、芝居をしてゐるのである。

 彼女は野原へ行つて卵を產んで來たのだ。

 私は氣が向けば、そいつを搜しに行つてもいい。

 彼女は、佝僂のやうに、埃のなかを轉げ廻つてゐる。

 

Komonteu

 

[やぶちゃん注:現在、一般に日本で「小紋鳥」(こもんちょう(歴史的仮名遣「こもんてう」)と言った場合、愛鳥家の間では、旧世界、及び、オーストラリア区の熱帯に棲息するスズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科カエデチョウ科(と言っても一般人には馴染みがないが、誰もが知っている「文鳥」はカエデチョウ科ブンチョウ属ブンチョウ  Lonchura oryzivora が属する)に属するフィンチ類(finchこの語は現行では、一般に特定の種群を指さず、ヒワ類(鶸:スズメ上科アトリ科ヒワ亜科 Carduelinaeの内。アトリ類一属三種を除いた約二十属百二十二種を指す汎用総称通称。本書にも以下、盛んに「鶸」が出てくるが、「ヒワ」という種は存在しない)などの小鳥、或いは、外国産のベニスズメ(スズメ目カエデチョウ科ベニスズメ属ベニスズメ Amandava amandava・キンカチョウカエデチョウ科キンカチョウ属キンカチョウ Taeniopygia guttata)などを指すが、安易に小型の似たような鳥を漠然と、所謂、「フィンチっぽい」小鳥として指してしまっているケースも多く、有体に言ってしまうと、本邦産でない真正のフィンチに似た「小鳥類」の汎用的通称総称俗称化し、独り歩きしている感があるので注意が必要である。因みに、知られたダーウィンフィンチ類(「ビーグル号」の航海の途中、ガラパゴス諸島でチャールズ・ダーウィンに進化論の着想を与えたことで知られるスズメ目フウキンチョウ科 Thraupidaeに属する複数種(五属十五種の総称))が正統な「フィンチ」であるが、オーストラリアフィンチの中に、愛鳥家に人気があるらしい種の一つであるらしい、スズメ上科カエデチョウ科キンパラ亜科アサヒスズメ属コモンチョウ(小紋鳥Neochmia ruficauda という小鳥の標準和名があって、甚だ混乱をきたす。

 さて、迂遠であったが、この“「小紋鳥」= La Pintade ”というフランス語は、それらとは縁も所縁もない体長五十三センチメートルに及ぶ大型で、地上棲(但し、抱卵中のを除き、夜間は樹上で眠る)の、最近はすっかりフランス料理でお馴染みになった(私は、結構、好みである)「ホロホロチョウ」、アフリカ中南部原産のキジ目ホロホロチョウ科ホロホロチョウ属ホロホロチョウ Numida meleagris を指す(底本のボナールの插繪は正しく「ホロホロチョウ」で間違いない)。岸田訳以外の、所持する戦後の三種の「博物誌」では。一律に『ほろほろ鳥』と訳されてある。フランス料理に多く用いられる同属には一属一種九亜種がいる。当該ウィキによれば、『群れを形成して生活し』、二千『羽以上もの大規模な群れが確認されたこともある。横一列になって採食を行ったり、雛を囲んだり』、『天敵から遠ざけるような形態をとることもある。繁殖期になると』、『オスは縄張りを持ち、群れは離散する。危険を感じると』、『警戒音をあげたり走って逃げるが、短距離であれば』、『飛翔することもできる。和名は江戸時代にオランダ船により持ち込まれたときに使われていた名称である「ポルポラート」が由来と考えられている』。『食性は雑食で、昆虫類、節足動物、甲殻類、果実、種子等を食べる』。『繁殖形態は卵生で、地面を掘り落ち葉や草等を敷いた巣を作り卵を産む。繁殖期になると』、『オス同士が追いかけあったり争う。メスのみが抱卵を行い、オスはその間別のメスと交尾を行う。雛の世話は雌雄とも行う』とある。

「これは私の家の庭に住む佝僂(せむし)女である。彼女は自分が佝僂のせゐで、よくないことばかり考えてゐる。」辻昶訳一九九八年岩波文庫刊「博物誌」では、ここを、『これは私の家の庭に住む背中にこぶのある鳥だ。自分がこぶもちなので、いつも、けんかばかりしたがっている。』と訳す。この原文は、「彼女は、この佝僂(瘤)のために、常に、ただただ誰かを傷つける夢ばかり見ている。」といった意味である。辻氏はこの部分に注を附され、『「傷とこぶししか求めない」(けんかばかりしたがる)という表現がフランス語にある。これを「こぶつきでいじわるなので、けんかばかりしたがる」というふうにもじって使ったもの』とある。納得。

「私の家の庭」一九九四年臨川書店刊『ジュール・ルナール全集』第五巻所収の佃裕文訳「博物誌」の本文注によれば、この『「庭(クール)」』 “cour” 『という言葉には「宮廷(クール)」』“cour”『の意味を掛けている』とある。ルナールが自宅を自身のみの領地たる宮廷庭園とするのは、面白いし、よく判る。“pintade”は女性名詞で、別に俗語で『傲慢な女』の意味がある。而して、以下を読んでいくと、中間部の様子は帝政時代のデブって背の曲がった老皇后が宮廷庭園を闊歩してヒステリックに叫んでいるさまが髣髴してくるように感ずる。

『彼女は、佝僂のやうに、埃のなかを轉げ廻つてゐる。』ここを辻氏は、『あいかわらずコこの鳥は背中にこぶがある女みたいに、ほこりの中をころげまわって喜んでいる。』と訳され、注して、『「背中にこぶのある人のように笑う(腹をかかえて笑う)」という表現と、「地面をころげまわって笑う」という表現を組み合わせたもの』とある。]

 

 

LA PINTADE

 

C'est la bossue de ma cour. Elle ne rêve que plaies à cause de sa bosse.

Les poules ne lui disent rien : brusquement, elle se précipite et les harcèle.

Puis elle baisse sa tête, penche le corps, et, de toute la vitesse de ses pattes maigres, elle court frapper, de son bec dur, juste au centre de la roue d'une dinde.

Cette poseuse l'agaçait.

Ainsi, la tête bleuie, ses barbillons à vif, cocardière, elle rage du matin au soir. Elle se bat sans motif, peut être parce qu'elle s'imagine toujours qu'on se moque de sa taille, de son crâne chauve et de sa queue basse.

Et elle ne cesse de jeter un cri discordant qui perce l'air comme une pointe.

Parfois elle quitte la cour et disparaît. Elle laisse aux volailles pacifiques un moment de répit. Mais elle revient plus turbulente et plus criarde. Et, frénétique, elle se vautre par terre.

Qu'a-t-elle donc ?

La sournoise fait une farce.

Elle est allée pondre son oeuf à la campagne.

Je peux le chercher si ça m'amuse.

Elle se roule dans la poussière, comme une bossue.

 

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