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2023/10/27

フライング単発 甲子夜話卷之八十 14 豐前、五百羅漢

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]

 

80-14

 印宗和尙、行脚の時のことどもを聞(きき)し中に、

「豐前國に五百羅漢と云(いふ)所あり。中津の城下より、四里程もあり。筑後への路にして、その間、多く、山路なり。羅漢より一里ほど前に、縱橫三町許(ばかり)も有らん、一巖山(いはやま)、あり。この下は、舟をも、通(つう)ずべき川なり。山は、川に臨みて、往來するに、嶮路(けんろ)なりしを、未だ年久しきことにもあらず、關東より來(きた)れる六部僧(ろくぶそう)、發願(ほつぐわん)して、往來の人に錢施(せんせ)を乞ひ、これを積みて、工夫(こうふ)に與へ、彼(か)の巖壁(いはかべ)の、川に添ひたる石中(いはうち)、三町ばかりの間を、山肉(さんにく)を、割穿(わりうがち)、通路とし、その平坦高濶、馬・牛に至(いたり)ても、往還、自由なりとぞ。されども、穴中(あななか)なれば、暗黑、物を辨(べん)ぜざるを、巖下(いはした)の川の方(かた)へ牖(まど)の如く鑿(きり)ぬき、所々より、明(あかり)を引く。故に、人、その光に因(よつ)て行路を易(やす)うす。」

と。

「此石窟(せきくつ)、五百羅漢へ往く道なれば、何(い)かにも、羅漢の來降(らいかう)あるべき所なり。彼(かの)羅漢と云(いふ)は、寺にて、曹洞宗なり。」

と。

 この寺の山中、巖石、崎崖(きがい)、その形勢、天然にして、實(まこと)に絕世の勝地なり。『唐の天台山も、かくあらん。』と想はるゝ。」

とぞ。

「羅漢は、石像にて、大(おほき)さ、人の如く、石橋(しやくきやう)も自(おのづか)ら山間に在り。」

と。また、

「寺の堂も小ならず。然るに、屋脊(をくせき)、半(なかば)は、外に在(あり)て、常の如く、半は、巖を鑿(うがち)て、窟中(くつちゆう)に在り。餘(よ)は、玆(これ)を以て計り知るべし。」

と。

■やぶちゃんの呟き

「印宗和尙」静山と馴染みの禅僧であるが、不詳。「甲子夜話」には、しばしば登場する。例えば、私の「柴田宵曲 妖異博物館 天狗の夜宴」を見られたい。

「豐前國に五百羅漢と云所あり」大分県宇佐市大字江須賀にある東光寺の五百羅漢(グーグル・マップ・データ)。「宇佐市公式観光サイト」内のこちらを見られたが、そこに『宇佐市江須賀にある東光寺には、喜怒哀楽の表情をした五百羅漢があります』。『東光寺は貞治元』(一三六二)年に『臨済宗として開山し、戦国の世を経て寺跡だけになっていたのを』十七『世紀半ばに再興されたと伝えられており、その後、曹洞宗に改宗し』、『現在に至っている寺院です』。『  五百羅漢は安政』六(一八五九)年、十五『代住職道琳が干害に苦しむ農民を救いたいと、当時著名だった日出の石工に制作を依頼したことが始まりで、明治』十五(一八八三)年までの二十四『年間に渡って』五百二十一『体もの羅漢像を彫り上げました』。『 石仏の一つ一つを見ていると、身近な人々や懐かしい人の顔を思い浮かべたり、自分にそっくりな顔をした羅漢像に会えるかもしれませんよ』。『 また、本堂の裏には十六羅漢と珍しい仏足石もあり、五百羅漢と共に宇佐市の有形民俗文化財に指定されています』とある。ドローンによる動画もある。

「羅漢より一里ほど前」同定が、中々に厳しい。条件を考えて、それらしく私が思ったのは、大分県宇佐市猿渡糸口山(いとぐちやま:グーグル・マップ・データ航空写真)の台地久々姥(くうば)附近であった(久々姥古墳あり)。地名が如何にもそれらしく、川に面しているからである。郷土史研究家の御教授を乞うものである。「ひなたGPS」の戦前の地図対比も添えておく。

「三町」三百二十七メートル。

「天台山」浙江省東部の天台県の北方二キロメートルにある霊山。最高峰は華頂峰で標高千百三十八メートル。旧字表記でも「天台山」である。当該ウィキによれば、『桐柏峰・仏隴峰・赤城峰・瀑布峰などの峰々が存在する。中国三大霊山の一つ。仏教との関係では、天台智顗』(ちぎ 五三八年~五九七年)が太建七(五七五)年から『この天台山に登って天台教学を確立した』ことで知られる。ここ(グーグル・マップ・データ)。

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