この頃の感懐
私は先月下旬、大腸に七つのポリープが見つかった。幸い、悪性腫瘍ではなかったが、次の月曜日に二センチメートルたらずのポリープを電気メスで除去する術式をすることになった。父も先月末より、歩行困難となったので、大いに、成すべきことが繁多となった。
しかし、私は、ただ粛々と、電子化注を続けるのみである。
当該箇所はS字結腸部で、私の大腸は憩室(へこみ)が異常に多いのだが、ここはまあ、綺麗だ。キノコ状のそれが、そ奴である。
因みに、私は自己疾患の画像データは、レントゲン写真も含め、概ね、総て自己のデータとして保存している。

但し、レントゲン写真原本はコピー代が掛かる。例えば、私の右腕の遠位端粉砕骨折のイリザノフ固定写真(これは医師の失敗で半月後に通常のギブスに変更された)。
八年前の転倒して後頭部を打った反側外傷の前頭葉一部挫滅の画像もこちらにある。そもそも、これらのデータは、皆、患者自身が支払ったものであり、患者に所有権がある。従って、自身が、当然、所有する権利を持っているものなのである。
八年前の転倒して後頭部を打った反側外傷の前頭葉一部挫滅の画像もこちらにある。そもそも、これらのデータは、皆、患者自身が支払ったものであり、患者に所有権がある。従って、自身が、当然、所有する権利を持っているものなのである。
因みに、二十代前半、私の親友は、何故か、私に「大腸ポリープのプロタゴラス」という綽名をつけた。今それが、真理命題となったのであった。
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