柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「狐の怨」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。和歌は、一行ベタであるが、ブログ・ブラウザの不具合を考えて、上句と下句で分離した。]
狐の怨【きつねのうらみ】 〔甲子夜話巻十四〕平戸の郷医に玄丹と云ふありしが、或時病人ありと呼びに来る。村家のことゆゑ、夫の病は婦来り、自ら薬箱を持ち且つ嚮導《きやうだう》す[やぶちゃん注:先に立って道案内をする。]。玄丹即ち出て共に行く。半途にして路傍に狐の臥すを見る。かの婦云ふ、狐を窘(くるし)め見せ申さんと。玄丹曰く、よからん。婦乃《すななは》ち手にて己《おの》が咽《のんど》をしめたれば、向うに臥しゐたる狐、驚き起きて苦しきさまなり。婦また云ふ、今少し困《くる》しめ候はんとて、両手にて咽を弥〻《いよいよ》強くしめたれば、狐ますます苦しみて息出ざる体《てい》なり。それより婦己が息の出ざるほどに咽をしめたれば、狐即ち悶絶したり。玄丹笑て去り、病人を診《うらな》ひ薬を与へて還れり。然るに四五日を過ぎて、復た同処より病人ありとて呼びに来る。玄丹先の病再発なるやと思ひ往きて見るに、この度は先日の婦の発狂せる体《てい》なり。聞けば狐のつきたるにて、さまざまの譫語《うはごと》し、汝にくきやつなり、先は我が寝ゐたるを種々《しゆじゆ》に苦しめ、後は悶絶までさせたり、それとは知らずして有りしが、その後近処の人にその事を語りて、笑ひ罵りたるを伝へ聞けり、今その怨を酬い汝をとり殺すなりと云ふ。玄丹も覚えあることゆゑ、驚きて聞き居たりと云ふ。その後のことは不ㇾ知《しれず》。
[やぶちゃん注:事前に「フライング単発 甲子夜話卷之十四 17 村婦、狐を苦しむる事」で正規表現で公開してある。]
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