「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「白鳥」
[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。
また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。]
白 鳥
彼は泉水の上を、雲から雲へ、白い橇のやうに滑る。なぜなら、彼は、水の中に生じ、動き、そして消え失せる綿雲だけに食慾を感じるからである。彼が望んでゐるのは、その一きれである。そして、いきなり、雪の衣を纏つたその頸を突つ込む。
それから、女の腕が袖口から現れるやうに、彼は首を引き出す。
なんにも取れない。
彼はぢつと見つめてゐる。雲は、愕いて姿を消した。
一度醒めた迷夢は、忽ち甦る。なんとなれば、雲は間もなく姿を現し、彼方(かなた)、水面の波紋が消えて行くあたりに、また一つ雲が出て來るからである。
輕い羽布團に乘つて、靜かに白鳥は漕ぎながら、その方に近づく……。
彼は水に映る空しき影を追うて疲れ、雲ひときれを捉へる前に、恐らくはやがてこの妄想の犧牲となつて、死に果てるであらう。
おい、おい、何を云つてるんだ……。
彼は潜る度ごとに、嘴の先で、養分のある泥の底をほじくり、蚯蚓を一匹銜(くは)へて來る。
彼は鵞鳥のやうに肥るのである。
[やぶちゃん注:コブハクチョウと見てよいように思われるので、鳥綱カモ目カモ科ハクチョウ属コブハクチョウ(瘤白鳥) Cygnus olor に同定したい。理由は、常在分布、及び、ボナールの絵である。当該ウィキによれば、『ヨーロッパ、中央アジアを中心に生息する。繁殖のため』『渡りをする。中国東部や朝鮮半島で越冬する個体もあり』、昭和八(一九三三)十一月には『日本の伊豆諸島八丈島で迷鳥としての記録がある』。『日本列島では北海道から九州まで各地で記録があり、定着している地域もある』、『日本では』昭和二八(一九五二)『年に飼い鳥として、ヨーロッパから移入したものが』、『公園や動物園などで飼育された。しかし、飼育個体の一部が野生化し、各地に定着している』。『他にも北アメリカ東部、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど世界各地に移入されている』とあり、『成鳥は全長約』一メートル五十センチで、『雌雄同色であり、全身白色の大型の水鳥である。扁平なくちばしはオレンジ色で、くちばし上部の付け根に黒いコブのような裸出部があり』、それが『名前の由来になっている』とある。ボナールの絵では、二枚とも、確かに嘴上部の端部分に有意な出っ張りが描かれていることが判るからである。なお、本篇ではミミズを食うシーンがあるが、ハクチョウ類の主食はマコモ(菰:単子葉植物綱イネ目イネ科エールハルタ亜科 Ehrhartoideae Oryzeae 族マコモ属マコモ Zizania latifolia )などの水辺植物や水草の葉・茎・根が主食であるものの、昆虫や貝類などの無脊椎動物を食べることもあるので問題はない。
「水面」私は「みなも」と読みたい。それでこそ、彼方の空の雲のワイドな水辺と青空のロケーション映像がより生きると信ずるからである。]
*
LE CYGNE
Il glisse sur le bassin, comme un traîneau blanc, de nuage en nuage. Car il n'a faim que des nuages floconneux qu'il voit naître, bouger, et se perdre dans l'eau.
C'est l'un d'eux qu'il désire. Il le vise du bec, et il plonge tout à coup son col vêtu de neige.
Puis, tel un bras de femme sort d'une manche, il retire.
Il n'a rien.
Il regarde : les nuages effarouchés ont disparu.
Il ne reste qu'un instant désabusé, car les nuages tardent peu à revenir, et, là-bas, où meurent les ondulations de l'eau, en voici un qui se reforme.
Doucement, sur son léger coussin de plumes, le cygne rame et s'approche...
Il s'épuise à pêcher de vains reflets, et peut-être qu'il mourra, victime de cette illusion, avant d'attraper un seul morceau de nuage.
Mais qu'est-ce que je dis ?
Chaque fois qu'il plonge, il fouille du bec la vase nourrissante et ramène un ver.
Il engraisse comme une oie.
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