甲子夜話卷之七 19 禁裡炎上のとき内侍所神異の事
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天明の末、京師大火せしとき、延燒して禁闕(きんけつ)に及(およば)んとす。
乃(すなはち)、遷幸(せんかう)あらんとして、姑(しばら)く、鳳輦(ほうれん)を見あわせ[やぶちゃん注:ママ。]られしに、四面の火燼(くわじん)、湧(わく)が如く、其中、大(おほい)さ、毬(まり)如(ごとき)の火、何方(いづかた)よりか、飛來(とびきた)る。公卿、皆、危ぶみ看る中(うち)に、其燼、内侍所(ないしどころ)の屋上(をくじやう)に墜(おち)んとして、屋上、いまだ、三、四尺なる程にて、碎(くだけ)て、四方に雲散せり。
諸卿、これを見て、卽(すなはち)、宸輿(しんよ)を促(うながし)て、宮廷を出(いで)させ玉ひし、となり。
時に、皆、曰(いはく)、
「これ、内侍所の神靈の所爲(しよゐ)なるべし。」
と。嘗て目擊せし人より、所聞(きくところ)を記す。
■やぶちゃんの呟き
「鳳輦」「輦」は、多くの担ぎ手が肩に舁(か)くもので、屋形の屋根も切妻ではなく、四つの棟を中央の頂に集めた方形造(ほうぎょうづくり)。頂きに金銅製の鳳凰の作り物を乗せたものを「鳳輦」(ほうれん)、宝珠を乗せたものを「葱花輦」(そうかれん)と呼ぶ。なお、担ぎ手は「駕輿丁」(かよちょう)と呼ぶ。
「宸輿」天子乗用の輿(こし)の尊称。