フライング単発 甲子夜話卷之十四 17 村婦、狐を苦しむる事
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]
平戶の鄕醫(がうい)に玄丹と云ふありしが、或時、
「病人あり。」
と呼びに來(きた)る。
村家のことゆゑ、夫の病は、婦、來(きた)り、自(みづか)ら、藥箱を持ち、且つ、嚮導(きやうだう)す。玄丹、卽ち、出(いで)て共に行く。
半途にして、路傍に狐の臥すを見る。
かの婦、云(いふ)。
「狐を窘(くるし)め見せ申さん。」
と。
玄丹曰く、
「よからん。」
婦、乃(すななはち)、手にて、己(おの)が咽(のんど)をしめたれば、向うに臥(ふせ)ゐたる狐、驚起(おどろきたち)て苦しきさまなり。
婦、また、云ふ。
「今少し、困(くる)しめ候はん。」
迚(とて)、兩手にて、咽を彌〻(いよいよ)、强く、しめたれば、狐、ますます苦しみて息出ざる體(てい)なり。それより、婦、己が息の出ざるほどに、咽を、しめたれば、狐、卽(すなはち)、悶絕したり。
玄丹、笑(わらひ)て去り、病人を診(うらな)ひ、藥を與へて、還れり。
然るに、四、五日を過ぎて、復(また)、同處より、
「病人あり。」
迚、呼びに來(きた)る。
玄丹、
『先の病(やまひ)、再發なるや。』
と、思ひ、往きて見るに、此度(このたび)は、先日の婦の、發狂せる體(てい)なり。
聞けば、
「狐の、つきたる。」
にて、さまざまの譫語《うはごと》し、
「汝、にくきやつなり。先は、我が寐(いね)ゐたるを、種々(しゆじゆ)に苦しめ、後は、悶絕までさせたり。それとは知らずして有りしが、その後、近處の人に、その事を語りて、笑ひ罵りたるを傳聞(つたへきけ)り。今、其怨を酬ひ、汝を、とり殺すなり。」
と云ふ。
玄丹も、
「覺えあることゆゑ、驚(おどろき)て聞居(ききゐ)たり。」
と云ふ。
其後のことは、不ㇾ知(しれず)。
■やぶちゃんの呟き
「嚮導す」先に立って道案内をする。
« 柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「狐の歌」 | トップページ | 柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「狐の怨」 »