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2023/11/30

「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文) 「知らん顏」

[やぶちゃん注:ジュール・ルナール(Jules Renard 一八六四年~一九一〇年)の “ Poil De Carotte(原題は訳すなら「人参の毛」であるが、これはフランス語で、昔、「赤毛の子」を指す表現である。一八九四年初版刊行)の岸田国士による戦前の翻訳である。

 私は既にサイト版「にんじん ジュウル・ルナアル作 岸田国士訳 挿絵 フェリックス・ヴァロトン(注:やぶちゃん copyright 2008 Yabtyan)」で、新字新仮名遣のそれを十五年前に電子化注している。そこでは、底本は岩波文庫版(一九七六年改版)を用いたが、今回は、国立国会図書館デジタルコレクションのジュウル・ルナアル作岸田國士譯「にんじん」(昭和八(一九三三)年七月白水社刊。リンクは標題のある扉)を用い、正字正仮名遣で電子化し直し、注も新たにブラッシュ・アップする。また、本作の挿絵の画家フェリックス・ヴァロトンFelix Vallotton(一八六五年~一九二五年:スイス生まれ。一八八二年にパリに出、「ナビ派」の一員と目されるようになる。一八九〇年の日本版画展に触発され、大画面モノクロームの木版画を手掛けるようになる。一九〇〇年にフランスに帰化した)の著作権も消滅している。上記底本にはヴァロトンの絵はない(当時は、ヴァロトンの著作権は継続していた)が、私は彼の挿絵が欠かせないと思っているので、岩波版が所載している画像を、今回、再度、改めて取り込み、一部の汚損等に私の画像補正を行った。

 ルビ部分は( )で示したが、ざっと見る限り、本文を含め、拗音・促音は使用されていないので、それに従った。傍点「丶」は下線に代えた。底本の対話形式の部分は、話者が示されダッシュとなる一人の台詞が二行に亙る際、一字下げとなっているが、ブラウザの不具合が起きるので、詰めた。三点リーダは「…」ではなく、「・・・」であるのはママである。各話の末尾に若い読者を意識した私のオリジナルな注を附した(岸田氏の訳は燻し銀であるが、やや語彙が古いのと、私(一応、大学では英語が嫌いなので、第一外国語をフランス語にした)でも、原文と照らしてみて、首をかしげる部分が幾分かはある。中学二年生の時、私がこれを読んだときに立ち返ってみて、当時の私なら、疑問・不明に思う部分を可能な限り、注した。原文はフランスのサイト“Canopé Académie de Strasbourg”の“Jules Renard OIL DE CAROTTE (1900)”PDF)のものをコピーし、「Internet archive」の一九〇二年版の原本と校合し、不審箇所はフランス語版“Wikisource”の同作の電子化も参考にした。詳しくは、初回の冒頭注を参照されたい。

 

Sirankao

 

     らん

 

 

「母さん! オノリイヌ!」

・・・・・・

 にんじんは、また、なにをしようといふのか? 彼は、折角の話を臺なしにしさうだ。幸ひ、ルピツク夫人の冷やかな視線の下で、彼は、ぴたりと口を噤んでしまふ。

 オノリイヌに、かう云ふ必要があるだらうか――

 「僕がしたんだよ」

 どんなにしても、この婆さんを助けることはできないのだ。彼女はもう眼が見へ[やぶちゃん注:ママ。]ない。もう眼が見えないのだ。氣の毒だが、しかたがない。早晚、彼女は、我を折らねばならぬだらう。こゝで、彼が自白をしても、それは彼女を一層悲しませるだけの話だ。出て行くなら出て行くがいゝ。そして、それがにんじんの仕業とは氣づかず、運命の避け難き兇手が、わが身に降りかゝつたものと思つてゐるがいゝ。

 それからまた、母親にかう云ふと、どういふことになるのだ――

 「母さん、僕がしたんだよ」

 自分の手柄を吹聽し、褒美の一笑にありつかうとしたところで、さあ、それが何になる? おまけに、うつかりすると、ひどい目に遭ふかも知れない。なぜなら、かういふ事件に、彼が喙を容れる資格はないなんていふことを、ルピツク夫人は誰の前でも云ひ兼ねないからだ。彼はそれを知つてゐるのである。寧ろ、母親とオノリイヌが鍋を探す、それを手傳ふやうな風をしてゐるに限る。[やぶちゃん注:「喙」「くち」。]

 で、いよいよ、三人が一緖になつて鍋を探しはじめると、彼は誰よりも熱心らしく見えるのである。

 ルピツク夫人は、うはの空で、眞先に斷念する。

 オノリイヌも、諦めて、なにかぶつぶつ云ひながら向うへ行つてしまふ。するとやがて、にんじんは、心配のあまり氣が遠くなりさうなのだつたのを、やつと我れに返るのである。それは丁度、正義の刄(やいば)用ふるに要なく、再び鞘に納まつた形だ。

 

[やぶちゃん注:原本はここから。「にんじん」の捩じれたアンビナレントな母への思いが、最悪最下劣な――ルピック夫人にとっては最上見事にして「渡りに舟」の――結末を迎えるのであった。

 なお、原文は原本に従い、少しいじってある。]

 

 

 

 

    Réticence…

 

   Maman ! Honorine !

・・・・・・・・・・・・・・・・・

   Qu’est-ce qu’il veut encore, Poil de Carotte ? Il va tout gâter. Par bonheur, sous le regard froid de madame Lepic, il s’arrête court.

   Pourquoi dire à Honorine :

   C’est moi, Honorine !

   Rien ne peut sauver la vieille. Elle n’y voit plus, elle n’y voit plus. Tant pis pour elle. Tôt ou tard elle devait céder. Un aveu de lui ne la peinerait que davantage. Qu’elle parte et que, loin de soupçonner Poil de Carotte, elle s’imagine frappée par l’inévitable coup du sort.

   Et pourquoi dire à madame Lepic :

   Maman, c’est moi !

   À quoi bon se vanter d’une action méritoire, mendier un sourire d’honneur ? Outre qu’il courrait quelque danger, car il sait madame Lepic capable de le désavouer en public, qu’il se mêle donc de ses affaires, ou mieux, qu’il fasse mine d’aider sa mère et Honorine à chercher la marmite.

   Et lorsqu’un instant tous trois s’unissent pour la trouver, c’est lui qui montre le plus d’ardeur.

   Madame Lepic, désintéressée, y renonce la première.

   Honorine se résigne et s’éloigne, marmotteuse, et bientôt Poil de Carotte, qu’un scrupule faillit perdre, rentre en lui-même, comme dans une gaine, comme un instrument de justice dont on n’a plus besoin.

 

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