柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「酒石」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
酒石【しゅせき】 〔九桂草堂随筆巻八〕別府の僧蘭谷は我親交なり。[やぶちゃん注:後に示す原活字本では、ここに『數年前死したり、』とある。]その生平《せいへい》[やぶちゃん注:日頃。普段。]酒を嗜み、他に招かれたる時、盃の出ること遅き時は、口癖に焼石《やけいし》将《まさ》に出んとすと云ひしことは、予<広瀬旭荘>も匯で聞けり[やぶちゃん注:「焼石」は中国の妖獣でオランウータンをモデルとした架空動物である猩々(しょうじょう)の腹中にあって、酒を吸い込むという石。後注も参照。]。安政丁巳<四年>その同里の友矢田孝治来りて話しけるは、蘭谷酒を飲む数升にして酔はず、一日頻りに酒を欲したれども酒出《いで》ず、待ち兼ねて頻りに呼ぶ中に、忽ち咽《のど》より一片の石を吐き出《いだ》せり。その長さ二寸なるべし。幅は六七分、それより一向に酒を飲みえず。六七年は一滴も唇に付けず。また梢〻《やや》飲み始めしが、幾《いくばく》ならずして死せり。さてその石所謂《いはゆる》酒石ならんとて、これを盆中に置き、澆《そそ》ぐに酒を以てするに、忽ちに吸ひ乾かし、幾升にても已まず。奇なる物とて、家兄淳其半ばを乞ひたり。半ばにても酒を吸ふこと易(かは)らずと。
[やぶちゃん注:「奇石」で既出既注。国立国会図書館デジタル化資料の国書刊行会大正七(一九一八)年刊「百家随筆」のここで、正規表現で視認出来る。なお、私が割注した「猩々」に就いては、私の「和漢三才圖會 卷第四十 寓類 恠類 寺島良安」(最近、全面リニューアルした)の「猩々」の項を見られたい。「焼石」のことは出ていないが、『性、好みて、酒を飮む。』とある。私の偏愛する木内石亭の石の博物誌「雲根志」を調べたが、「酒石」はなく、「燒石」はあったが、ここに書かれているものとは全く別物の実在する石であったそれは「三編」の「二十四」で、美濃国の池田郡藤代村の上にある池田山の山上にある石で、『常に溫(あたゝか)にして人肌(ひとはだ)のごとく雪中にも此石にのみ雪溜らず暑寒(しよかん)ともに石の溫なる事同じよつて里民燒石(やけいし)と号すと。』とあった。直下に温泉等があったものか。石亭は愛石家である故に、奇怪な石の伝承などは記すが、ここにあるような如何にも絶対にあり得ない「酒石」だの「燒石」などというシロモノには食指が動かなかったものと思われる。
「一片の石を吐き出せり」何らかの結石か。後、数年、飲まず、幾許もなくして亡くなったのは飲酒による肝硬変或いは肝臓癌が死因か。]
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