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2023/11/28

譚海 卷之五 丹波國船井郡薗部村無年貢の事

[やぶちゃん注:句読点・記号・読みを変更・追加した。]

 

○丹波船井郡薗部は小出家の領地也。かしこに、往古より、一村、年貢を出(いだ)さざる所、有(あり)。是は、鎌倉の時、西明寺[やぶちゃん注:ママ。「最明寺」が正しい。以下同じ。]時賴朝臣、諸國を潛行ありて、此地に來り、老夫婦有(ある)者の許ヘ一宿せられしに、もてなし殊にねんごろ成(なる)をかんじて、我は鎌倉の者也。若(もし)かしこに下りたる事あらば、必(かならず)、訪(たづぬ)るべし。是を印(しるし)に、とて、切紙(きりがみ)に判を押たる物を殘して出(いで)られけり。其後(そののち)、年經て、老人、妻を先だてて詮方なく、廻國修行に出で、思ひがけず鎌倉に至りしに、前年の事を思ひ出で、判物を持(もち)て案内を尋(たづね)しかば、やがて西明寺殿に見參(けんざん)し、そのかみのもてなし、心ありける事抔(など)のたまひて、何事にても願ふ事あらんには、申べきよしありしに、かく、妻におくれ、世捨人と成(なり)侍りしかば、身に取(とり)ては一事(いちじ)も願ひ侍る事、なし。但(ただ)、本國の一村は、山谷(さんこく)の間にして、殊に、なりはひ、ともしく、年貢に窮し、年々の求めにたへず。願はくは、此儀をゆるさせ賜はば、我爲(わがため)、故鄕の者に取(とり)ても、いか斗りか、悅び思ひ侍らん事を、と申せしかば、願(ねがひ)の如く、ゆるし賜ひて、除地(よけち/のぞきち)に定められける。夫(それ)より、年代を經て、領主も、あまた、かはりたれども、有(あり)しまゝに舊例を追(おひ)て、今に除地にてある也。佐野源左衞門といへる事の、物語に能(よく)似たる事共なれど、是は、まさしく、今も除地にて、人のしりたる事なれば、慥成(たしかなる)事也と、人の語りし。

[やぶちゃん注:ここにある時頼廻国伝承は、全くの虚妄で、後代のデッチアゲに他ならない。私も調べたが、時頼は隠居後、基本、鎌倉を有意な日数、出た形跡は、これ、一切、ない。

「丹波國船井郡薗部村」現在の京都府南丹市園部町(そのべちょう)は、この通り、広域であるが(グーグル・マップ・データ)、狭義の旧「園部村」は「ひなたGPS」で見た結果、ここに限られることが判った。また、少なくとも、戦国時代までは、ここは「薗部村」であったことも確認出来た(サイト『「ムラの戸籍簿」データベース』の「丹波国」のページを参照した)。

「小出家」丹波国船井郡(現在の京都府南丹市園部町小桜町(こざくらまち)に藩庁(陣屋)の園部城(グーグル・マップ・データ)があった。この城は日本城郭史で最後の建築物であった)にあった園部藩藩主小出家。]

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