譚海 卷之五 遠州深山中松葉蘭を產する事
[やぶちゃん注:句読点・記号・読みを変更・追加した。]
○松葉蘭といふ物、遠州より出(いづ)る、深山石上(しんざんせきしやう)に生ずる物にて、霧露の氣に和して、生成するゆゑ、土にうゝれば、なづみて、枯死す。唯(ただ)古き朽木(くちき)のぼろぼろする物を細末にして、夫(それ)にてうゝれば、長く、たもつ事とす。四時、葉、みどりにして、席上の盆翫(ぼんぐわん)には第一と稱すべし。日にあつる事を禁ず。時々、水をそゝげば、年を經て、叢生する事、尤(もつとも)繁く、書齋の淸賞には缺(かく)べからざる物也。石菖蒲、普通には、盆中の淸翫に供すれ共(ども)、松葉蘭、出(いで)て後は、比肩するにたらず、無下(むげ)に石菖蒲は下品の心地する也。近來(ちかごろ)、石菖のしんをば、薩摩より來(きた)る朽木のかたまりたる如きものを用ゆ。石菖を長ずるは、是に勝(まさ)る物なし。是又、昔、なき所の物なり。
[やぶちゃん注:「松葉蘭」シダ植物門マツバラン綱マツバラン目マツバラン科マツバラン属マツバラン Psilotum nudum 。当該ウィキによれば、『マツバラン科』Psilotaceae『では日本唯一の種である。日本中部以南に分布する』。『茎だけで葉も根ももたない。胞子体の地上部には茎しかなく、よく育ったものは』三十センチメートル『ほどになる。茎は半ばから上の部分で何度か』二『又に分枝する。分枝した細い枝は稜があり、あちこちに小さな突起が出ている。枝はややくねりながら上を向き、株によっては先端が同じ方向になびいたようになっているものもある。その姿から、別名をホウキランとも言う。先端部の分岐した枝の側面のあちこちに粒のような胞子のうをつける。胞子のう(実際には胞子のう群)は』三『つに分かれており、熟すと』、『黄色くなる』。『胞子体の地下部も地下茎だけで』、『根はなく、あちこち枝分かれして、褐色の仮根(かこん)が毛のように一面にはえる。この地下茎には菌類が共生しており、一種の菌根のようなものである』。『地下や腐植の中で胞子が発芽して生じた配偶体には』、『葉緑素がなく、胞子体の地下茎によく似た姿をしている。光合成の代わりに』、『多くの陸上植物とアーバスキュラー菌根』(arbuscular mycorrhiza)『共生を営むグロムス』菌『門』(Glomeromycota)『の菌類と共生して栄養素をもらって成長し、一種の腐生植物として生活する。つまり』、『他の植物の菌根共生系に寄生して地下で成長する。配偶体には造卵器と造精器が生じ、ここで形成された卵と精子が受精して光合成をする地上部を持つ胞子体が誕生する』。本邦では『本州中部から以南に、海外では世界の熱帯に分布する』。『樹上や岩の上にはえる着生植物で、樹上にたまった腐植に根を広げて枝を立てていたり、岩の割れ目から枝を枝垂れさせたりといった姿で生育する。まれに、地上に生えることもある』。『日本では』、『その姿を珍しがって、栽培されてきた。特に変わりものについては、江戸時代から栽培の歴史があり、松葉蘭の名で、古典園芸植物の一つの分野として扱われる。柄物としては、枝に黄色や白の斑(ふ)が出るもの、形変わりとしては、枝先が一方にしだれて枝垂れ柳のようになるもの、枝が太くて短いものなどがある。特に形変わりでなくても採取の対象にされる場合がある。岩の隙間にはえるものを採取するために、岩を割ってしまう者さえいる。そのため、各地で大株が見られなくなっており、絶滅した地域や、絶滅が危惧されている地域もある』が、『他方、繁殖力そのものは低いものではなく、人工的環境にも進出し得る性質をもっており、公園の片隅で枝を広げているものが見つかるような場合や、植物園や家庭の観葉植物の鉢で、どこからか飛来した胞子から成長したものが見られる場合すらもある』とある。学名のグーグル画像検索をリンクさせておく。
「淸賞」「賞玩」に同じ。褒め愛でること。味わい珍重すること。
「石菖蒲」「石菖」単子葉植物綱ショウブ目ショウブ科ショウブ属セキショウ Acorus gramineus 。学名のグーグル画像検索をリンクさせておく。]