柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「大字」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
大字【だいじ】 〔きゝのまにまに〕十月廿二日<天保二年>京都より不退堂と云ふ人来て、日暮里<東京都荒川区内>にて大きなる霽《セイ/サイ/はれ》字を書く。竪廿六間[やぶちゃん注:四十七・二七メートル。]、横十九間[やぶちゃん注:三十四・五四メートル。]に紙を継ぎて、仙過紙二千枚と云ふ。当人筆をかつぎて廻る。介錯人墨汁を手桶に入れ、柄杓にて洒《そそ》ぐ。紙の下に隈笹有りて、墨溜りしかば、筆にて紙をやぶり墨を下に流したり。はたらきたるはこれのみなりと見し人の話なり。書終りて一同に手を打つとき、介錯の両人戯れ倒れ、墨に染《そま》りてかけ歩行(あるき)しと云ふ。殺風景の事どもなり。(この人上方にても大字書きたりとぞ)
[やぶちゃん注:「きゝのまにまに」「聞きの間に間に」の意で、風俗百科事典とも言うべき「嬉遊笑覧」で知られる喜多村信節(のぶよ 天明三(一七八三)年~安政三(一八五六)年)の雑記随筆。国立国会図書館デジタルコレクションの『未刊隨筆百種』第十一(三田村鳶魚・校訂/随筆同好会編/昭和三(一九二八)年米山堂刊)のこちらで正字で視認出来る。二つ前のページ冒頭にある条の頭のクレジットが『天保二年辛卯』とある。天保二年十月二十二日はグレゴリオ暦一八三一年十一月二十五日で、もう少し寒い中で、ご苦労なこって。
「不退堂」サイト「黄虎洞中國文物ギャラリー」のこちら(彼の草書の画像あり)の記載によれば、『藤原不退堂は京の人で、名は聖純、通称は倉田耕之進、号を不退堂と称し、天保五年』(一八三四年)に『に二宮尊徳と問答し、以後』、『尊徳の傍らに在って書記兼家庭教師的役割を果した能書家の儒者で、山岳行者小谷三志』『の書の師としても有名であるが、生卒は不明である』とあった。]
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