譚海 卷之五 同國小田原最勝乘寺にて狸腹鼓うちし事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
「狸、腹つゞみ、打(うつ)。」といふ事、慈鎭和尙の歌にも見えて、昔より有(ある)事也。
但(ただし)、彼(かの)鼓打(うつ)事、人をまどはさんとてする事か、又は、獨ひとり)、つゞみ打ちて樂しと思へるにか、など、云(いひ)あひけるに、或人、
「さにあらず。此二ツの外の事也。一とせ、我、箱根最乘寺に宿せし比(ころ)、狸、つゞみ打(うつ)といふ事を、まさしく見たり。これは、狸、一つに非ず、二ツにて、する事なり。其比(そのころ)も、
『をかしき事、堪(たへ)がたき物なれば、必ず、聲たてず、息せず、忍びて、見よ。』
と申せしかば、有(ある)月夜に、客殿の戶のすき間より伺ひしに、頓(やが)て、庭に狸、二つ、をどり出(いで)、かなた、こなた、たはむれ、遊ぶ。是(これ)、雌雄の狸なり。『交合せん。』とて、かく、たはむれあふが、二つの狸、たはれて[やぶちゃん注:戯れて。]、飛(とび)ちがふ時、腹と、腹とを、打(うち)あはすれば、さながら、つゞみの樣に聞ゆるなり、あまたたび、打合(うちあひ)する時は、誠に、餘所にては、「鼓打(うつ)」ともいひつべき程也。そこの、のたまふたぐひには、あらざる事なり。」
と語りし。
珍しき物語りなり。
[やぶちゃん注:いかにも面白い話だが、眉唾だな。
「同國」この前話が相模国の話であることに由る。
「小田原最勝乘寺」現在の神奈川県南足柄市大雄町(だいゆうまち)にある曹洞宗大雄山最乗寺(グーグル・マップ・データ)。山岳部の顧問をしていた頃、春登山で金時山へ登攀する際の登山口であったから、何度も行った。
「慈鎭和尙」天台僧で歌人・文人(史書「愚管抄」の作者)としても知られた慈円(久寿二(一一五五)年~嘉禄元(一二二五)年)。「慈鎭」は諡号。父は摂政関白藤原忠通、摂政関白九条兼実は同母兄。天台座主には四度就任している。
「慈鎭和尙の歌にも見えて」とあるが、和歌嫌いの私は、よう知らん。どなたか、御教授あれかし。]
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