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2023/11/26

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「立山の幽霊」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 立山の幽霊【たてやまのゆうれい】 〔野乃舎随筆〕近きころ、板木彫《はんぎぼり》松五郎といふ、まどしき[やぶちゃん注:「貧(まど)しき」。]ものありけり。妻をむかへけるが、ほどなくわづらひて、なくなりにければ、かなしびの涙にくれて、あかしくらしけるほどに、ある時おもふやう、越中国立山<富山県立山>といふ所にゆけば、失せたる人にもあふといふなり。いでやかしこにまかりて、いかにもして今一度、失せたるつまに逢ひみばやと、心軽くも思ひたちて、家をも調度をも売りはらひつゝ旅のかりてとなし、かしこにたちこえ、麓の家にやどりて、しかじかのよしかたりければ、あるじいふやう、よくもおもひたち給へるものかな、むかしより此み山にのぽる人は、かならず失せたる人に逢ひ給ふなり、此《この》み山には、たふとき仏のおはしまして、かく無き人にあはせたてまつる、いざいらせ給へ、今夜よきほどにあない申しまゐらせんと、かひがひしうもてなしければ、松五郎よろこび日くるよざまちゐたるほどに、亥の時<午後十時>ばかりになりぬれば、今は折よし、み山に登らせたまひねと、主そゝのかしければ、やがてのぼりて、あるじのをしへしまゝに、堂坊など拝みつゝ念仏となへそここゝとさまよひけるに、いづくともなく女のけはひして、白ききぬをきて、髪長くさげたるが出できたれり。すはやこれぞ我つまの幽霊ならんと、世にうれしうおもひて、近付かんとすれば、幽霊あしばやにしりぞく。松五郎此方にきたれば、幽霊また跡よりしたひきたれり。とにかくに近づく事なければ、たゞつまの幽霊とおもふも、心あてなりけり。かくしつゝ同じやうに、あまたこびしけるあひだ、松五郎かたへなる杉の木のかげに、やをらかくれてうかゞひけるを、幽霊かくともしらず、木陰ちかくより来りけるを、松五郎えたりとかけ出《いで》て、あらなつかしや、うれしやと手をとらへければ、幽霊驚きさわぎ、ふり放たんとしけるを、松五郎しかといだきてうごかさねば、幽霊せんすべなく、わなゝきふるひながら、ゆるし給へゆるし給へといふをきけば、つまの声にも似ざりけり。松五郎興もさめはてゝ、いかなるものぞととひければ、幽霊しのびやかに答へいふやう、おのれはこの麓の、ぬしのやどり給へる家の下女なるが、こよひぬしのゆかりの幽霊になりて、此み山にのぼるべきよし、せちにあるじのきこえければ、いなみがたう、こゝにはまかでさぶらひぬといふ。折しも文月<七月>廿日ばかりの空なれば、木のまの月やうやうのぼりてけざやかなるに、幽霊の顔をみれば、年のころ二十ばかりにて、色白う、まみのほどらうたく、髪のさがりはうるはしう、たわやぎたる腰のあたり、夜目にも憎からずみえければ、松五郎そゞろに心うつりて、ありし妻の事をも忘れはてゝさまざまとあざれかゝりければ、さすがに女もこゝろおちゐて、うちほゝゑみていふやう、飛鳥川のふちせとやらん、をとこの心はたのみがたしと聞きつるに、なきあとまでもかくしたひ給ひて、はるばるとあの御江戸より、このこしのみ山まできたり給へる御心ざしまめまめしさ、天《あま》がけりても、さぞなよろこびたまひぬらん、かゝる夫をもたれたる女こそ、うら山しけれなどいひければ、をとこもあまえいたく、何くれといひかたらふほどに、夜も更けぬれば、女いふやう、いまは御江戸にもろともにいざなひてよ、世のたづきのなきまゝに、わづかのこがねに身をうりて、立山の幽霊となり、世をわたらんもうきわざなり、我はつかうまつるべき親もなし、はぐくむべき子もなし、いまよりこの身をぬしにまかさんといひければ、をとこさらばとて、その暁がた立山をしのび出て、この大城(おほき)[やぶちゃん注:江戸城。]のもとにいざなひ来れるが、さきに家をも調度をも売りてければ、両国橋(ふたくにばし)[やぶちゃん注:和歌風に訓読みしたもの。]の書肆(ふみや)山田何がし、元より親しかりければ、この人をたのもし人にて、女をばくすしのもとへやとひ仕へに出《いだ》し、おのれは山田が家に相《あひ》やどりして、板木を彫りてありけるが、ほどなく近きわたりに家を求めてもろともにむつまじう、相すみけるとなん。かの山田のとなりの、玉竜堂のあるじ語られけり。

[やぶちゃん注:「野乃舎随筆」(ののやずいひつ)は国学者大石千引(ちびき 明和七(一七七〇)年~天保五(一八三四)年)著・小山田与清(ともきよ:「松屋筆記」の著者として知られる国学者)序の随筆と歌集からなる。文政三(一八二〇)年成立。国立国会図書館デジタルコレクションの『日本隨筆大成』巻六(昭和二(一九二七)年日本随筆大成刊行会刊)のこちらで当該部が読める。標題はズバり、『○僞幽靈』である。本書では珍しい完全な擬似怪談である点で特異点であるが、読み終えて、何かほのぼのする点でも同じく特異点だ。]

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