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2023/11/19

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「石麵」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 石麵【せきめん】 〔北国奇談巡杖記巻一〕石川郡《いしかはこほり》<加州>に鶴来《つるぎ》といふところあり。いにしへは剱と書けり。こはこのところの氏神《うぢのかみ》を、金劒宮《きんけんぐう》と申し奉りて、巌洞《がんとう》にたゝせ玉ふ故にかく号(なづけ)けるが、中古改めて鶴来と称す。一とせ大飢饉の事ありしに、土民はなはだ愁ひ、この神の祠前《しぜん》にまうでて、活命《くわつめい》をいのること日《ひ》あり。或日、俄かに空かきくもり、石のごとくなる真白《ましろ》きものふりける。これを喰《くら》ふに甘味にして乳《にゆう》のごとし。これにて続命《ぞくめい》すること幾ばくといふ数をしらず。不思議の感応とおもはる。私曰、『本草綱目』に時珍がいへる石麵のたぐひなるべし。越中守江(もりえ)の山中より出るといへり。これらのたぐひか。その後もたびたび降るとぞ。今にこの品をたもつ人ありき。

[やぶちゃん注:「北国奇談巡杖記」加賀の俳人鳥翠台北茎(ちょうすいだい ほっけい)著になる越前から越後を対象とした紀行見聞集。かの伴蒿蹊が序と校閲も担当しており、文化三(一八〇六)年十一月の書肆の跋がある(刊行は翌年)。国立国会図書館デジタルコレクションの『日本隨筆大成』第二期第九巻(昭和四(一九二九)年日本随筆大成刊行会刊)のこちらで、正字活字で読める。但し、標題はそちらでは『石※』(「※」=「麪」(=「麵」)の異体字の「グリフウィキ」のこれ)。但し、お薦めは、「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」の原版本のここからである。読みが添えられてあるからである(但し、こちらも同じく『石※』である)。以上の読みも、一部は、それを参考に正しい歴史的仮名遣で振った。

「鶴来」現在の石川県白山市鶴来地区(グーグル・マップ・データ)。

「守江」は京都大学版では『安江(やすえ)』となっている。但し、現在の富山県内には、孰れの地名も見当たらない。

「『本草綱目』に時珍がいへる石麵」と言っても、実は、「本草綱目」巻三の上「百病主治藥上」に『太乙餘糧 白石脂 石麪 代赭石』と石様の薬物の中に並べ、巻九の「金石之三」の末の方に、「石麫」として出る。「漢籍リポジトリ」の当該巻の部分を以下に引用しておく。ガイド・ナンバー[030-72b]で影印画像も視認出来る。

   *

石麫【綱目】

 集解【時珍曰石麫不常生亦瑞物也或曰饑荒則生之虐𤣥宗天寳三戴武威畨禾縣醴泉涌出石化為麫貧民取食之憲宗元和四年山西雲蔚代三州山谷間石化為麫人取食之宋真宗祥符五年四月慈州民饑鄉寧縣山生石脂如麫可作餅餌仁宗嘉祐七年三月彭城地生麫五月鍾離縣地生麫哲宗元豐三年五月青州臨昫益都石皆化麫人取食之捜集於此以備食者考求云氣味甘平無毒主治益氣調中食之止饑時珍】

   *

何だか、対象物の実際の形や性質が少しもはっきりしてこない。幸い、高野昂氏のブログ「綺談夜想」の「天の恵みの食事」で、この「石麪」をかなりディグしておられ、興味深く読んだ。高野氏が本話と、幾つかの類似話を出しておられるが、その中のものでは、私のブログ版の『佐々木喜善「聽耳草紙」 一二七番 土喰婆』と、サイト版の「和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類   寺島良安」(最近、リニューアルした)の「馬勃(ぼうべいし) きつねのふくろ [オニフスベ・ホコリタケ類]」(最後は私の同定比定対象である菌類)が参考になるはずである。なお、高野氏も最終的にはオニフスベ辺りを「石麵」の正体として考えられておられるようだ(但し、私の後者は二〇〇八年に元原稿を書いたものであり、二〇一六年の高野氏の記事を参考にしたわけではないので、お間違えなく)。後者の私の注を引いておく。

   *

オニフスベ(鬼燻・鬼瘤)という和名は、菌界担子菌門菌蕈(きんじん)亜門真正担子菌綱ハラタケ目ハラタケ科ノウタケ属オニフスベ Calvatia nipponica に与えられている。良安の「竹林」の記載に呼応するかのようなヤブダマ(藪玉:何だか気になる名前じゃん!)という異名もあり、江戸時代には、他の旧ホコリタケ目 Lycoperdales =担子菌門ハラタケ科ホコリタケ属 Lycoperdon のホコリタケ類と一緒くたにされて「馬勃」(馬の勃起した陰茎)と呼ばれた。但し、本種は日本特産であるから、以下の引用記載からも、時珍の言う種は、ノウタケ属、又は、ホコリタケ属というに留めておく必要がある。以下、ウィキの「オニフスベ」から引用する(改行・注記番号は省略し、欧文フォントは私のものに代えた)。

   《引用開始》

日本特産で、夏から秋、庭先や畑、雑木林、竹林などにの地上に大型の子実体を生じる。一夜にして発生するので驚かれるが珍しいものではない。子実体は白色の球状で、直径は2050cmにも達し、あたかもバレーボールが転がっているように見える。幼菌の内部は白色で弾力があるが、次第に褐色の液を出して紫褐色の古綿状になる。これは弾糸と呼ばれる乾燥した菌糸組織(弾糸)と担子胞子から成る胞子塊である。成熟すると外皮がはがれて中の胞子塊があらわれ異様な臭いを発生する。胞子塊が風に吹かれると次第に弾糸がほぐれて胞子を飛ばし、跡形もなく消滅する。胞子は球状で突起がある。子実体は腐らずに残る事も多く、その場合、長期間に渡り胞子を放出し続ける。[やぶちゃん注:中略。]『和漢三才図会』には「煮て食べると味は淡く甘い」とあり、昔から食べる人はいたようである』。『肉が白い幼菌は皮をむいて調理すれば食用になる。柔らかいはんぺんのような食感とわずかな風味を持ち、美味ではないが不味でもない。成熟していると内部は黄褐色や紫褐色に変色しアンモニア臭がきつく、食用にはできない。また、馬勃の名前で漢方薬としても利用されている。[やぶちゃん注:以下、「近縁種」の項。]近縁種は地球上に広く分布するが、地域によって別の種に分かれる。オセアニア、ヨーロッパ、北米、中国に広く分布する種 C. gigantea は、ジャイアント・パフボール("Giant puffball"、「巨大なほこり玉」)と呼ばれる。実際、日本の Calvatia nipponica は同種と当初は混同されていた。Calvatia nipponica はアフリカ、インドに分布するLanopila wahlbergii Fr. に近縁との説もあったが、Lanopila がノウタケ属に編入された現在では、同属になると思われる。

   《引用終了》

   *]

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