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2023/11/16

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「カナリヤ」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

    

 

 

 私はどういふ氣で、わざわざこんな鳥を買つて來たのだらう?

 小鳥屋は私に云つた――「これは雄です。一週間もすりや馴れます。そうすれや鳴きだしますよ」

 ところが、小鳥はいつまでも强情に默りこんでゐる。それに、やることが何から何まであべこべだ。

 餌壺に餌を入れてやると、いきなり嘴の先でとびかかつて、あたり一面に撒き散らしてしまふ。[やぶちゃん注:「餌壺」は戦後版を参考にすると、読みは「ゑつぼ」である。]

 ビスケットを籠の橫木の間に絲で結びつけてやる。すると、彼が喰ふのはその絲だけだ。彼はまるで金鎚のやうな勢で、そのビスケットを押したり突つついたりする。で、ビスケットは落ちてしまふ。

 綺麗な飮み水のなかでは水浴びをし、水浴びをする器で水を飮む。そして、その時の都合に委(まか)せて、その兩方のどちらにでも糞(ふん)をたれる。

 練り餌をやると、自分たち同類の鳥が巢を作る、至極誂へ向きの捏土(こねつち)だと思いこんで、ただ本能的にその上に蹲る。[やぶちゃん注:「捏土」戦後版によれば、読みは「こねつち」である。「蹲る」は「うずくまる」。]

 彼はまだサラダ菜の效能を知らない。で、面白がつて引裂くだけだ。

 彼が、ほんとにその氣で、餌をつついて吞み込まうとする時は、まつたく氣の毒になる。彼はそれを嘴のなかであつちこつち轉がし廻り、押しつけてみたり、潰してみたり、まるで齒ぬけの爺さんみたいに、頻りに首をひねつてゐる。

 棒砂糖の切れつぱしを入れてあるのに、どうしようともない。こりやなんだ。石がとび出したのか? それとも、露臺か、テーブルか、どつちみち、實用には遠い。

 彼はそれよりも木片(きぎれ)の方が好きだ。木片(きぎれ)は二本あつて、上下に交り合つてゐる。彼がぴよんぴよん跳んでゐるのを見ると、私は胸が惡くなる。その樣子は、さながら、時間もなにも分からない振子時計の機械的な無駄骨折にひとしいものである。何が面白くてあんな跳び方をし、なんの欲求に驅られて跳ね廻るのだらう?

 その陰鬱な體操がすんで休む時でも、片脚で一方の止り木をしつかり握り締めてとまりながら、もう一つの脚で、機械的に、その同じ止り木を搜してゐる。

 冬になつて、ストーブを焚き始めると、彼は早速もう春の脫毛の時期が來たのだと思つて、羽を毟りだす。

 私のランプの輝きは、彼の夜を搔き亂し、その睡眠の時刻を混亂させる。彼は日の暮れがたに眠りに就く。私は、彼のまはりに闇が次第に濃くなつて行くのを、ぢつとそのままにしておく。恐らく、彼は夢でも見てゐるのだらう。突然、私はランプを籠に近づける。彼はぱつと眼をあける。なんだ、もう夜が明けたのか! で、早速、彼はまた動き廻り始め、跳ねたり、葉つぱを突つつき廻したりしながら、尻尾(しつぽ)を扇型に擴げ、翼(はね)を伸ばす。

 ところが、私はランプを吹き消してしまふ。で、殘念ながら、彼のうろたへた顏つきは見えない。

 やがて、私は、しよつちゆうあべこべなことばかりやつて暮らしてるこの啞の鳥に、すつかり愛想を盡かしてしまつて、窓から外へ放してやる……。が、彼は籠の中の自由以外にもはや自由の使ひ方を知らないのである。今に、誰かが手でつかまへてしまふだらう。

 そいつを私のところへ屆けてくれるのはやめた方がいい。

 私はなんにもお禮なんか出さないばかりではない。私はそんな鳥は一向識らぬと言ひきつてやる。

 

Kanariya

 

[やぶちゃん注:鳥綱スズメ目アトリ科カナリア属カナリア Serinus canaria 。しかし、これ、ルナール先生、まんまと小鳥屋に騙されて、♂ではなく、♀を買わされたのではあるまいか? という気がしてくる(カナリアは普通の見た目では雌雄の区別はつかない。総排泄腔に附随する生殖器が突き出ており、その先端に窪みがあるのが♂で、出ていないものが♀)。なお、♀も時にときおり、「ピィピィ」と鳴くことはある。「サラダ菜」はキク目キク科アキノノゲシ(秋野芥子)属チシャ(萵苣) Lactuca sativa 。所謂、「レタス」(英語:Lettuce/フランス語:。なお、和名の「チシャ」は古くは「ちさ」で、これは植わっているその茎を切った際、滲み出る白い液体に基づく「乳草(ちちくさ)」の略とされる。

「練り餌」原文“échaudé”は、辻昶訳一九九八年岩波文庫刊「博物誌」では、そのまま『エショーデ』とあり、注で、『お菓子の一種。練り物を熱湯の中にしばらく入れておいたものに卵白(らんぱく)バターと塩をまぜて焼く。胃腸のよわい人や鳥に食べさせる』とある。調べてみると、クロワッサン型のもののようである。]

 

 

 

 

LE SERIN

 

Quelle idée ai-je eue d'acheter cet oiseau ?

L'oiselier me dit : “ C'est un mâle. Attendez une semaine qu'il s'habitue, et il chantera. ” Or, l'oiseau s'obstine à se taire et il fait tout de travers.

Dès que je remplis son gobelet de graines, il les pille du bec et les jette aux quatre vents.

J'attache, avec une ficelle, un biscuit entre deux barreaux. Il ne mange que la ficelle. Il repousse et frappe, comme d'un marteau, le biscuit et le biscuit tombe.

Il se baigne dans son eau pure et il boit dans sa baignoire. Il crotte au petit bonheur dans les deux.

Il s'imagine que l'échaudé est une pâte toute prête où les oiseaux de son espèce se creusent des nids et il s'y blottit d'instinct.

Il n'a pas encore compris l'utilité des feuilles de salade et ne s'amuse qu'à les déchirer.

Quand il pique une graine pour de bon, pour l'avaler, il fait peine. Il la roule d'un coin à l'autre du bec, et la presse et l'écrase, et tortille sa tête, comme un petit vieux qui n'a plus de dents.

Son bout de sucre ne lui sert jamais. Est-ce une pierre qui dépasse, un balcon ou une table peu pratique ?

Il lui préfère ses morceaux de bois. Il en a deux qui se superposent et se croisent et je m'écoeure à le regarder sauter. Il égale la stupidité mécanique d'une pendule qui ne marquerait rien. Pour quel plaisir saute-t-il ainsi, sautillant par quelle nécessité ?

S'il se repose de sa gymnastique morne, perché d'une patte sur un bâton qu'il étrangle, il cherche de l'autre patte, machinalement, le même bâton.

Aussitôt que, l'hiver venu, on allume le poêle, il croit que c'est le printemps, l'époque de sa mue, et il se dépouille de ses plumes.

L'éclat de ma lampe trouble ses nuits, désordonne ses heures de sommeil. Il se couche au crépuscule. Je laisse les ténèbres s'épaissir autour de lui. Peut-être rêve-t-il ?

Brusquement, j'approche la lampe de sa cage. Il rouvre les yeux. Quoi ! c'est déjà le jour ? Et vite, il recommence de s'agiter, danser, cribler une feuille, et il écarte sa queue en éventail, décolle ses ailes.

Mais je souffle la lampe et je regrette de ne pas voir sa mine ahurie.

J'ai bientôt assez de cet oiseau muet qui ne vit qu'à rebours, et je le mets dehors par la fenêtre... Il ne sait pas plus se servir de la liberté que d'une cage. On va le reprendre avec la main.

Qu'on se garde de me le rapporter !

Non seulement je n'offre aucune récompense, mais je jure que je ne connais pas cet oiseau.

 

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