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2023/11/12

フライング単発 甲子夜話卷五十一 13 農夫の妻人を喰ふ事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]

 

51-13

 房州農夫の妻、鬼となりたるが、ふと、夫を喰殺(くひころ)して、出奔し、相州に渡り、小坪の光明寺邊(あたり)にて、大(おほい)に人家を驚かし、後は、墓地にゆき、墓を發(あば)き、死者を、三人まで喰ひ、それより、「雪の下」に馳(はせ)ゆきたる所、「大藏」・「大町」・「小町」・「柄(え)がら」・「二階堂」・「宅間」・「小袋谷(こぶくろや)」・「建長寺」等の、「十二坊」も殘らず、門戶(もんこ)を閉ざし、鼓(たいこ)を打(うち)、鐘を鳴(なら)し、拍子木など響(ひびき)わだりて、

「今や敵(かたき)の、由井ヶ濱へ寄するか。」

と、騷亂、大方ならず。

 されども、誰(たれ)一人も、退治に出(いづ)る輩(やから)もなく、薄暮より、曉天に到(いたり)て、狂婦は、何(い)づ方へゆきたる、蹤(あと)かたも無くなりし、と。

 右は、七月初旬、大山參詣の者、彼邊(かのあたり)に廻りて、聞きたるとぞ。

 珍說なり。

■やぶちゃんの呟き

ここに出る鎌倉の寺や地名は私には目を瞑っても行け、事績も諳んじている(そもそも私は荏柄天神の境内の中の大工屋の二階で生まれたのだ)。判らぬ方は、私のサイト内の「心朽窩主人旧館」にある「新編鎌倉志」及び「鎌倉攬勝考」を見られたい。但し、静山の謂いの内、『……等の、「十二坊」も殘らず』という表現はおかしい。「十二坊」は鶴岡八幡宮寺の東北の谷戸に存在した別当寺群の名称であり(最終的に廃仏毀釈で総て廃絶して現存しない)、前に並ぶ地名は「十二坊」ではないからである。読者はそのようにとってしまうであろうから、厳に指摘しておく。鎌倉フリークの私としては、静山が書いたこの怪事の時制を特定しようと前後を調べたが、よく判らなかった。悔しい。

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