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2023/11/13

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「鹿」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

    鹿

 

 

 私がその小徑から林の中へ足を踏み入れた時、恰度その小徑の向ふの口から、彼がやつて來た。

 私は、最初、誰か見知らぬ人間が、頭の上に植木でも載つけてやつてくるのかと思つた。

 やがて、枝が橫に張つて、ちつとも葉のついていない、いぢけた小さな樹が見えて來た。

 たうとう、はつきり鹿の姿が現れ、そこで私たちはどちらも立ち停つた。

 私は彼に云つた――

 「こつちへ來給へ。なにも怖(こは)がることはないんだ。鐵砲なんか、持つてたつて、こいつは體裁だけだ。いつぱし、腕に覺えのある人間の眞似をしてゐるだけさ。こんなものは使やしない。藥莢は抽斗(ひきだし)の中へ入れたままだ」

 鹿はぢつと耳をかしげて、胡散(うさん)臭さうに私の言葉を聽いてゐた。私が口を噤むと、彼はもう躊躇しなかつた。一陣の風に、樹々の梢が互に交差してはまた離れるやうに、彼の脚は動いた。彼は逃げ去つた。

 「實に殘念だよ!」と、私は彼に向つて叫んだ。「僕はもう、二人で一緖に道を步いて行くところを空想してゐたんだぜ。僕の方は、君の好きな草を、自分で手づから君に食はせてやる。すると、君は、散步でもするやうな足どりで、僕の鐵砲をその角の枝に掛けたまま運んで行つてくれるんだ」

 

Sika_20231113103901

 

[やぶちゃん注:哺乳綱鯨偶蹄目反芻亜目シカ科 Cervidae のシカの♂。原題“cerf” はフランス語では男性名詞だが、鹿総体をまず指しつつも、雄鹿をも指す。雌鹿は“biche”、子鹿は “faon” と言う。ここは、呼びかけとりっぱな角から、♂となる。さらに、Deslys ☆ デリス氏のブログ「生きたフランス語見聞録」の「フランスで馴染がある鹿たちの呼び名」では、『フランスで最も馴染のある鹿として』四種を挙げておられるが、『「鹿」として代表的だと思えるのはアカシカの cerf/biche だが、野原などで最もよく見かけるのはノロジカの chevreuil だ。chevreuilの雌である chevrette でも、フランス人たちは chevreuil と言っているような気がする』と述べておられる。ボナールの描く角は、先端が三つに分岐するシカ科ノロ亜科ノロ属ノロ Capreolus capreolus の♂の角に近いように見える。一方、シカ亜科シカ属アカシカ Cervus elaphus の♂の角は、かなり派手にいかついて枝分かれしており、やはり私は第一同定はノロとしたい。]

 

 

 

 

LE CERF

 

J'entrai au bois par un bout de l'allée, comme il arrivait par l'autre bout.

Je crus d'abord qu'une personne étrangère s'avançait avec une plante sur la tête.

Puis je distinguai le petit arbre nain, aux branches écartées et sans feuilles.

Enfin le cerf apparut net et nous nous arrêtâmes tous deux.

Je lui dis :

- Approche. Ne crains rien. Si j'ai un fusil, c'est par contenance, pour imiter les hommes qui se prennent au sérieux. Je ne m'en sers jamais et je laisse ses cartouches dans leur tiroir.

Le cerf écoutait et flairait mes paroles. Dès que je me tus, il n'hésita point : ses jambes remuèrent comme des tiges qu'un souffle d'air croise et décroise. Il s'enfuit.

- Quel dommage ! lui criai-je. Je rêvais déjà que nous faisions route ensemble. Moi, je t'offrais, de ma main, les herbes que tu aimes, et toi, d'un pas de promenade, tu portais mon fusil couché sur ta ramure.

 

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