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2023/11/22

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「樹々の一家」(+奥書・奥附) / 「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文)~了

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 本記事を以って以上のブログ版新版電子化注を終了する。

 

 

   樹々の一家

 

 

 太陽の烈(はげ)しく照りつける野原を橫切つてしまふと、初めて彼等に遇ふことができる。

 彼等は道のほとりには住まはない。物音がうるさいからである。彼等は未墾の野のなかに、小鳥だけが知つてゐる泉のへりを住處(すみか)としてゐる。

 遠くからは、はいり込む隙間もないやうに見える。が、近づいて行くと、彼等の幹は間隔をゆるめる。彼等は用心深く私を迎へ入れる。私はひと息つき、肌を冷やすことができる。然し、私には、彼らぢつとこちらを眺めながら警戒してゐるらしい樣子がわかる。

 彼等は一家を成して生活してゐる。一番年長のものを眞ん中に、子供たち、やつと最初の葉が生えたばかりの子供たちは、ただなんとなくあたり一面に居竝び、決して離れ合ふことなく生活してゐる。

 彼等はゆつくり時間をかけて死んで行く。そして、死んでからも、塵となつて崩れ落ちるまでは、突つ立つたまま、みんから見張りをされてゐる。

 彼等は、盲人(めくら)のやうに、その長い枝でそつと觸れ合つて、みんな其處にゐるのを確める。風が吹き荒んで、彼等を根こそぎにしようとすると、彼等は怒つて身をくねらす。然し、お互の間では、口論ひとつ起らない。彼らは和合の聲しか囁かないのである。

 私は、彼等こそ自分の本當の家族でなければならぬといふ氣がする。もう一つの家族などは、直ぐ忘れてしまへるだらう。この樹木たちも、次第に私を家族として遇してくれるやうになるだらう。その資格が出來るやうに、私は、自分の知らなければならぬことを學んでゐる――

 私はもう、過ぎ行く雲を眺めることを知つてゐる。

 私はまた、ひとところにぢつとしてゐることもできる。

 そして、默つてゐることも、まづまづ心得てゐる。

 

Kiginoikka

 

[やぶちやん注:樹種は不明。主人公「私」は動物界脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱正獣(サル)下綱霊長(サル)目真猿(サル)亜目狭鼻(サル)下目ヒト上科ヒト科ヒト属ヒト Homo sapiens 。臨川書店全集の佃裕文氏の後注に、ルナールの日記の『一九〇五年十月二十三日』(満四十一歳)『のつぎの文章を参照のこと。』とあり、訳が示される(全集の日記の巻の別な訳者のものよりも理解し易いので、佃氏の訳をそのまま引く。〔 〕は佃氏の割注)。

   《引用開始》

「もし私が神お折り合いをつけることが出来るなら、彼に私を樹に変身させてくれるよう頼むであろう。クロアゼット岬〔マルセイユ南方の岬〕の上から我が村を眺められるような樹にである。そうとも、私には彫像なぞよりその方がいい」

   《引用終了》

この「クロアゼット岬」(Cap Croisette)はここ(グーグル・マップ・データ航空写真)である。注意が必要だが、この「村」は一般普通名詞の「村」であって、同岬から見渡せる「村」の意で、特定の村を意識しているものではあるまい。因みに、彼は「私には彫像なぞよりその方がいい」と言っているが、一九一〇年五月二十二日に四十六で没した彼は、ブルゴーニュのニエーヴル県シトリー=レ=ミーヌChitry-les-Mines:グーグル・マップ・データ:ルナールはこの村の村長となった)の墓地に埋葬されたが、フランス語の同地のウィキには、ルナールの像の記念碑が建立されてある。]

 

 

 

 

UNE FAMILLE D'ARBRES

 

C'est après avoir traversé une plaine brûlée de soleil que je les rencontre.

Ils ne demeurent pas au bord de la route, à cause du bruit. Ils habitent les champs incultes, sur une source connue des oiseaux seuls.

De loin, ils semblent impénétrables. Dès que j'approche, leurs troncs se desserrent. Ils m'accueillent avec prudence. Je peux me reposer, me rafraîchir, mais je devine qu'ils m'observent et se défient.

Ils vivent en famille, les plus âgés au milieu et les petits, ceux dont les premières feuilles viennent de naître, un peu partout, sans jamais s'écarter.

Ils mettent longtemps à mourir, et ils gardent les morts debout jusqu'à la chute en poussière.

Ils se flattent de leurs longues branches, pour s'assurer qu'ils sont tous là, comme les aveugles. Ils gesticulent de colère si le vent s'essouffle à les déraciner.

Mais entre eux aucune dispute. Ils ne murmurent que d'accord.

Je sens qu'ils doivent être ma vraie famille. l'oublierai vite l'autre. Ces arbres m'adopteront peu à peu, et pour le mériter j'apprends ce qu'il faut savoir :

Je sais déjà regarder les nuages qui passent.

Je sais aussi rester en place.

Et je sais presque me taire.

 

 

 

[やぶちゃん注:以下、底本の奥書。本文の四字下げ位置からポイント落ちで上部にある。電子化しないが、下方には印刷で「第」とあり、ブルー・インクのスタンプ印字で限定番号がアラビア数字「12」(重なっているため明確でないが、ガンマ補正して見ると、「12」と判る)先に打たれ、その下方に重なって、「10」と打ち直してある。

 

 本書は限定印行部數一千一百部。

 その一百部は越前國今立郡岡本村

山田九兵衞別漉透入鳥子程村紙印刷、

挿繪木版刷十一葉オフセット刷二葉

凸版刷一葉を附し、漢字番號壹より

百に至る。

 その一千部は極上質紙印刷、挿繪

木版刷五葉オフセット刷二葉凸版刷

一葉を附し、亞剌比亞數字番號1よ

1000に至る。

 他に非賣本各若干部を刊行す。而

して本書はその

 

 

 

[やぶちゃん注:以下、奥附。枠等は一切、ない。ブラウザの不具合を考えてポイントを落とした。]

 

譯者 岸田國士

發行者 福 岡 淸 發行所 株式會社白水社 東京市神田區小川町三丁目八番地

印刷者 白井赫太郞 印刷所 精興社 東京市神田區錦町三丁目十一番地

製本者 中野和一 製本所 中野製本所 東京市京橋區越前堀三丁目二番地

印刷擔當者 橫井作次老製本擔當者 麻生勇助

挿繪 木版印刷室田欣二 オフセット印刷上原昇 凸版印刷今井萬之助

 昭和十四年七月五日印刷 同年七月十五日發行

                                     頒價三圓五十錢

 

 

[やぶちゃん注:因みに、愛する芥川龍之介は彼自身の複数の作品中のアフォリズムで、明らかにルナールの「博物誌」を意図的に意識して参考にしている。中でも、大正九(一九二〇)年一月及び十月発行の雑誌『サンエス』に分割掲載され、後に『夜來の花』に所収(初出の内の一部を削除している)された「動物園」は、私には『そこまでやるか?』と感じてしまうほど、本書を剽窃・改竄したとしか思われないアフォリズムが頻出している。私は大学時代の深夜、岩波の全集で読んで、何となく哀しい気になったことを忘れない。リンク先の私のサイト版を見られたい。

[やぶちゃん追記:因みに、近々、同じ仕儀を、サイト版『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』を元に、やらかそうと画策している。]

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