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2023/11/24

「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文) 「犬」

[やぶちゃん注:ジュール・ルナール(Jules Renard 一八六四年~一九一〇年)の “ Poil De Carotte(原題は訳すなら「人参の毛」であるが、これはフランス語で、昔、「赤毛の子」を指す表現である。一八九四年初版刊行)の岸田国士による戦前の翻訳である。

 私は既にサイト版「にんじん ジュウル・ルナアル作 岸田国士訳 挿絵 フェリックス・ヴァロトン(注:やぶちゃん copyright 2008 Yabtyan)」で、新字新仮名遣のそれを十五年前に電子化注している。そこでは、底本は岩波文庫版(一九七六年改版)を用いたが、今回は、国立国会図書館デジタルコレクションのジュウル・ルナアル作岸田國士譯「にんじん」(昭和八(一九三三)年七月白水社刊。リンクは標題のある扉)を用い、正字正仮名遣で電子化し直し、注も新たにブラッシュ・アップする。また、本作の挿絵の画家フェリックス・ヴァロトンFelix Vallotton(一八六五年~一九二五年:スイス生まれ。一八八二年にパリに出、「ナビ派」の一員と目されるようになる。一八九〇年の日本版画展に触発され、大画面モノクロームの木版画を手掛けるようになる。一九〇〇年にフランスに帰化した)の著作権も消滅している。上記底本にはヴァロトンの絵はない(当時は、ヴァロトンの著作権は継続していた)が、私は彼の挿絵が欠かせないと思っているので、岩波版が所載している画像を、今回、再度、改めて取り込み、一部の汚損等に私の画像補正を行った。

 ルビ部分は( )で示したが、ざっと見る限り、本文を含め、拗音・促音は使用されていないので、それに従った。傍点「丶」は下線に代えた。底本の対話形式の部分は、話者が示されダッシュとなる一人の台詞が二行に亙る際、一字下げとなっているが、ブラウザの不具合が起きるので、詰めた。三点リーダは「…」ではなく、「・・・」であるのはママである。各話の末尾に若い読者を意識した私のオリジナルな注を附した(岸田氏の訳は燻し銀であるが、やや語彙が古いのと、私(一応、大学では英語が嫌いなので、第一外国語をフランス語にした)でも、原文と照らしてみて、首をかしげる部分が幾分かはある。中学二年生の時、私がこれを読んだときに立ち返ってみて、当時の私なら、疑問・不明に思う部分を可能な限り、注した。原文はフランスのサイト“Canopé Académie de Strasbourg”の“Jules Renard OIL DE CAROTTE (1900)”PDF)のものをコピーし、「Internet archive」の一九〇二年版の原本と校合し、不審箇所はフランス語版“Wikisource”の同作の電子化も参考にした。詳しくは、初回の冒頭注を参照されたい。

 

 

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 ルピツク氏と姉のエルネスチイヌは、ランプの下で、肱をついて、一人は新聞を一人は賞與の本を讀んでゐる。ルピツク夫人は編物をし、兄貴のフエリツクスは暖爐で兩脚をあぶつてゐる。それから、にんじんは、床の上に坐つて、何か考っへ事をしてゐる。

 だしぬけに、靴拭ひの下で眠つてゐたピラムが、ごろごろ喉を鳴らしだす。

 「しツ!」と、ルピツク氏が云つた。

 ピラムは、一段と聲を張り上げる。

 「馬鹿!」と、ルピツク夫人は云ふ。

 が、ピラムは、それこそ、みんなが飛び上るほど猛烈な聲で吠える。ルピツク夫人は心臟へ手をあてる。ルピツク氏は、齒を喰ひしばつて、橫目で犬を睨む。兄貴のフエリツクスは怒鳴りつける。もう、お互の云ふことすら耳にはひらない。

 「默らないかい、しようがない犬だね。お默りツたら、畜生!」

 ピラムは益々調子を上げる。ルピツク夫人は手の平でぶつ。ルピツク氏は新聞で擲る。それから、足で蹴る。ピラムは、毆られるのが怖さに、腹を床にすりつけ、鼻を下に向け、やたらに吠える。見てゐると、まるで氣が狂つて、自分の口を靴拭ひにぶつけ、聲を微塵に叩き割つてゐるとしか思へない。[やぶちゃん注:「擲る」「毆られる」孰れも戦後版では「なぐる」、「なぐられる」とルビを振る。]

 ルピツク一家はかんかんに怒る。みんな總だちになり、一方腹ばいになつたまゝ、頑として云ふことをきかない犬に剛を煮やす。[やぶちゃん注:「剛を煮やす」はママ。通常ならば、「業を煮やす」で、歴史的仮名遣では「ごふをにやす」となる。この表記では「剛」は「がう」となるが、この表記は意味として明らかな誤字である。戦後版では、正しく『業を煮やす』となっている。]

 窓硝子が軋(きし)む。煖爐の煙突が音を立てる。姉のエルネスチイヌまでが金切聲をしぼる。

 にんじんは、云ひつけられもしないのに、外の樣子を見に行つた。たぶん退(ひ)けのおそい驛員が表を通るのだらう。それも、ゆつくり自分の家に歸つて行く途中に違ひない。まさか泥坊をしに庭の塀を攣登(よぢのぼ)つてゐるのではあるまい。

 にんじんは、暗い、長い廊下を、兩手を戶の方につき出して、步いて行く。閂(かんぬき)を探り、がたがた音を立てて、引つぱつてみる。然し、戶は開けない。

 昔なら、危險を冐してでも外に出て、口笛を吹いたり、歌を唱つたり、足を踏みならしたりして、盛んに相手を脅さうとしたものだ。[やぶちゃん注:「脅さう」「おどさう」「おびやかさう」の二様に読めるが、戦後版では『威(おど)かそう』としているので、前者で採っておく。]

 近頃は、要領がいゝ。

 兩親は、彼が勇敢に隅から隅を探り、忠實な番人として、屋敷のまわりを見廻つてゐるものと思つてゐる。ところが、それは大間違ひである。彼は戶のうしろに身を寄せて、ぢつとしてゐるのである。

 いつかは思い知ることがあるだらう。しかし、もう餘程前から彼の計略が圖にあたつてゐる。

 心配なのは、嚔(くさめ)と咳をすることだ。彼は息をころす。そして、目をあげると、戶の上の小さな窓から、星が三つ四つ見える。澄み切つた煌きが、彼を縮み上らせる。[やぶちゃん注:「煌」星のそれであるから、「きらめき」或いは「かがやき」であろうが、戦後版ではこの最後の一文は『冴(さ)え渡った煌(きらめ)きに、彼は竦(すく)みあがる。』と大きく訳を改訂しているので、まず「きらめき」であろうと採っておく。]

 さて、戾つてもいゝ時間だ。お芝居に暇をかけ過ぎてはよくない。怪しいと思はれたらそれまでだ。

 再び、か細い手で、重い閂をゆすぶる。門は錆びついた鎹(かすがい)の中で軋(きし)む。それから、そいつを溝の奧まで騷々(そうぞう)しく押し込む。この物音で、みなの者は、彼が遠いところから歸つて來たのだな、もう務(つと)めをすませたのだなと思う! 背中の眞中(まんなか)が擽(くすぐ)つたいような氣持で、彼は、みんなを安心させに飛んで行く。[やぶちゃん注:「閂」は「かんぬき」。「鎹は「かすがひ」(現代仮名遣「かすがい」)。]

 ところで、やつとこさ、ピラムは、彼の留守の間に默つてしまつたので、安心したルピツク一家は、また、めいめい、きまりの場所に着いてゐた。で、誰も尋ねもしないのに、にんじんは、ともかく、いつもの通りに云ふ――

 「犬が寢とぼけたんだよ」

 

 [やぶちゃん注:本章の題名は“ C'est le Chien ”で、「これが犬だ」「犬は所詮こげなもの」といつた謂いであるが、これは綴りから見ても、“ C'est le Vie ”(「セ・ラ・ヴィ」/「人生なんてこんなもんさ」「何とかなるさ」)というフランス語の常套句に引つ掛けた洒落ではなかろうか。

「犬」父ルピック氏の趣味から猟犬であろう。フランスのブルターニュ地方原産の中型の鳥猟犬「ブリタニー・スパニエル」(英語:Brittany Spaniel)が知られ、フランス語では「エパニュール・ブルトン」(Epagneul Breton)とするのが、相応しいか。

「賞與の本」原作は“livre de prix”で、文字通りなのだが、やや意味が判りにくい訳である。これはエルネスチイヌが学校等で成績や無遅刻無欠席・善行といつた理由で表彰され、その「賞與」=褒美・副賞品として貰つた本のことを指すと思われる。昭和四五(一九七〇)年明治図書刊の『明治図書中学生文庫14』の倉田清訳の「にんじん」では『賞品の本』、一九九五年臨川書店刊の佃裕文訳の『ジュール・ルナール全集』第三巻では『優等の賞品に貰つた本』と訳しておられる(因みに、佃氏はこの一篇の標題を『犬の夢』と訳しておられる。これは本篇の最後の「にんじん」の台詞に基づくのだが、私が前注で述べたニュアンスをも含んでいるように感じられて面白い)。]

 

 

   *

 

    C’est le Chien


   Lepic et soeur Ernestine, accoudés sous la lampe, lisent, l’un le journal, l’autre son livre de prix ; madame Lepic tricote, grand frère Félix grille ses jambes au feu et Poil de Carotte par terre se rappelle des choses.

   Tout à coup Pyrame, qui dort sous le paillasson, pousse un grognement sourd.

   – Chtt ! fait M. Lepic.

   Pyrame grogne plus fort.

   – Imbécile ! dit madame Lepic.

   Mais Pyrame aboie avec une telle brusquerie que chacun sursaute. Madame Lepic porte la main à son coeur. M. Lepic regarde le chien de travers, les dents serrées. Grand frère Félix jure et bientôt on ne s’entend plus.

   – Veux-tu te taire, sale chien ! tais-toi donc, bougre !

   Pyrame redouble. Madame Lepic lui donne des claques. M. Lepic le frappe de son journal, puis du pied. Pyrame hurle à plat ventre, le nez bas, par peur des coups, et on dirait que rageur, la gueule heurtant le paillasson, il casse sa voix en éclats.

   La colère suffoque les Lepic. Ils s’acharnent, debout, contre le chien couché qui leur tient tête.

   Les vitres crissent, le tuyau du poêle chevrote et soeur Ernestine même jappe.

   Mais Poil de Carotte, sans qu’on le lui ordonne, est allé voir ce qu’il y a. Un chemineau attardé passe dans la rue peut-être et rentre tranquillement chez lui, à moins qu’il n’escalade le mur du jardin pour voler.

   Poil de Carotte, par le long corridor noir, s’avance, les bras tendus vers la porte. Il trouve le verrou et le tire avec fracas, mais il n’ouvre pas la porte.

   Autrefois il s’exposait, sortait dehors, et sifflant, chantant, tapant du pied, il s’efforçait d’effrayer l’ennemi.

   Aujourd’hui il triche.

   Tandis que ses parents s’imaginent qu’il fouille hardiment les coins et tourne autour de la maison en gardien fidèle, il les trompe et reste collé derrière la porte.

   Un jour il se fera pincer, mais depuis longtemps sa ruse lui réussit.

   Il n’a peur que d’éternuer et de tousser. Il retient son souffle et s’il lève les yeux, il aperçoit par une petite fenêtre, au-dessus de la porte, trois ou quatre étoiles dont l’étincelante pureté le glace.

   Mais l’instant est venu de rentrer. Il ne faut pas que le jeu se prolonge trop. Les soupçons s’éveilleraient.

   De nouveau, il secoue avec ses mains frêles le lourd verrou qui grince dans les crampons rouillés et il le pousse bruyamment jusqu’au fond de la gorge. À ce tapage, qu’on juge s’il revient de loin et s’il a fait son devoir ! Chatouillé au creux du dos, il court vite rassurer sa famille.

   Or, comme la dernière fois, pendant son absence, Pyrame s’est tu, les Lepic calmés ont repris leurs places inamovibles et, quoiqu’on ne lui demande rien, Poil de Carotte dit tout de même par habitude :

   – C’est le chien qui rêvait.

 

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