「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「鳥のゐない鳥籠」
[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。
また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。]
鳥のゐない鳥籠
フェリックスは、人が鳥を籠のなかなんかに閉ぢ籠めておく氣持がわからないと云ふ。
「誰でも云ふぢやないか、花を折り取るのは罪惡だつて」と、彼は云ふ。「兎に角、僕などは、莖についたままでなけや、花を眺めたいとは思はないね。だから、それとおんなじさ。鳥つてやつは飛ぶやうに出來てるんだ」
そんなことを云ひながら、彼は鳥籠を一つ買ふ。それを自分の窓に掛けておく。籠のなかには、毛綿で作つた巢と、草の實を入れた皿と、綺麗な水をしよつちゆう取換へてあるコップとが置いてある。おまけに、ぶらんこや小さな鏡まで取りつけてある。
で、人が驚き顏で訊ねると――
「僕はこの鳥籠を見るたんびに、自分の寬大さを嬉しく思うのさ」と、彼は云ふ。「この籠には鳥を一羽入れたつていいわけだ。それをかうして空つぽにしとく。萬一、僕がその氣になつたら、例へば茶色の鶫とか、ぴよいぴよい跳び廻るおめかし屋の鷽(うそ)とか、そのほか佛蘭西ぢゆうにいろいろゐる鳥のどれかが、奴隷の境遇に落ち込んでしまふんだ。ところが、僕のお蔭で、そのうちの少くとも一羽だけは自由の身でゐられるんだ。つまり、さういふことになるんだ」
[やぶちゃん注:「フェリックス」『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』で、「にんじん」の兄として「フェリックス」が登場するが、これはルナールの兄のモーリス(Maurice)がモデルであるので、ここも同じ。一九九九年臨川書店刊『ジュール・ルナール全集』第十六巻の「人名索引」に拠れば、彼の日記の『中でルナールは兄をしばしばフェリックスの名で示している』ともあった。
「茶色の鶫」原文は“grive brune”で、スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ツグミ科ツグミ属 Turdus だが、異様に種が多い。別に、ヨーロッパで広く棲息する茶色のツグミに似た種を調べてみたところ、ツグミ科にチャツグミ属 Catharus があり、その中のチャイロコツグミ Catharus guttatus が名にし負うことが判ったので、有力候補として掲げておく。学名のグーグル画像検索もリンクさせておく。「茶色の鶫」と呼ぶに相応しいという気はする。
「鷽(うそ)」スズメ目アトリ科ウソ属ウソ Pyrrhula pyrrhula 。本種はヨーロッパからアジアの北部にかけて広く分布するので同定比定してよいだろう。]
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LA CAGE SANS OISEAUX
Félix ne comprend pas qu'on tienne des oiseaux prisonniers dans une cage.
- De même, dit-il, que c'est un crime de cueillir une fleur, et, personnellement, je ne veux la respirer que sur sa tige, de même les oiseaux sont faits pour voler.
Cependant il achète une cage ; il l'accroche à sa fenêtre. Il y dépose un nid d'ouate, une soucoupe de graines, une tasse d'eau pure et renouvelable. Il y suspend une balançoire et une petite glace.
Et comme on l'interroge avec surprise :
- Je me félicite de ma générosité, dit-il, chaque fois que je regarde cette cage. Je pourrais y mettre un oiseau et je la laisse vide. Si je voulais, telle grive brune, tel bouvreuil pimpant, qui sautille, ou tel autre de nos petits oiseaux variés serait esclave. Mais grâce à moi, l'un d'eux au moins reste libre. C'est toujours ça.
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