譚海 卷之六 長州にて石を焚薪にかふる事 附四國弘法大師利生の事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。なお、本篇本文は、目次では、『長州にて石を焚薪にかふる事 附』(つけたり)『四國弘法大師利生の事』となっている。しかし、本体の前者の部分はごく僅かたった一文のみであるので、一緒に電子化した。二話を区別するために、間に「*」を入れた。]
長門國にては、石を燒(やき)て薪(たきぎ)にかへ、用(もちひ)る所、有(あり)。
*
四國には、
「弘法大師、常に化現(けげん)し給ふ。」
よしにて、人、僞(いつはり)を抱(いだ)き、姦(カン/よこしま)をなす事、なし。
夫(それ)ゆゑ、八拾八ケ所參詣のもの、一宿をのぞめば、快くとめてもてなしけり。
春夏の比などは、田畑に、いとまなければ、一家こぞりて、未明より、家を明(あけ)て、一宿せしものに、かまはず、出行(いでゆく)なり。
その跡にて、少しにても、旅人、姦計なる事をなせば、忽(たちまち)、その事、あらはるゝゆゑ、いづれの家にても、旅人に、こころおかず、うちまかせて、出(いで)あるく事なり。
一とせ、一宿の旅人、其家にて、味噌をくひけるが、殊の外、味(あぢは)ひ、よきまゝ、あくるあした、一家の人、みな、田へ行(ゆき)て居(をら)ざるまゝ、此旅人、此味噌を、少し、盜(ぬすん)で、
『今宵の、旅食にせん。』
と、懷中せしほどに、宵に、ぬぎ置(おき)たる笠、うせたり。
さまざまに尋ね求めけれども、得ざれば、せんかたなく、そこを立出(たちい)でけるに、三、四町、行きたる時、後(うしろ)より、一宿せし家の亭主、追付(おひつき)て、笠をもち來りて、
「何か、盜みておはせしならん。それを、置(おき)て行(ゆき)給へ。それがために、かさをば、是まで、もちて、きたる。」
よしを、いひしかば、此旅人、あやまちを悔(くい)て、懷中せしみそを、とり出(いだ)して歸し[やぶちゃん注:「返し」。]けるとぞ。
其外、人をとゞむる所にて、
「日の高ければ。」
と、とゞまらで行(ゆき)たるもの、よもすがら、まどひありきて、
「とゞむべし。」
と、いひける家のあたりに、立(たち)もどりける事など、ありし、と、いへり。
「ふしぎなる事也。皆、大師の、さは、せ給ふ事。」
と、人の物がたりぬ。
[やぶちゃん注:津村が前の短い話と、何故、カップリングしたのかを考えてみると、これ、全国に認められる弘法大師伝承の摩訶不思議な呪力の話柄群と関連があるように思われる。恐らく、長州の『石を燒て薪にかへ、用る所、有』というのは、事実上は、石炭を指しているように思われる。「燃える石」を弘法大師が呪力で創り出し、長州の民に恩恵として与えたということではあるまいか? と私は推定する。]
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