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2023/11/14

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「庭のなか」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

    庭のなか

 

Niwanonaka

 

 鍬――サクサクサク……稼ぐに追ひつく貧乏なし。

 鶴嘴――同感!

 

 

 花――今日は日が照るかしら。

 向日葵――ええ、あたしさえその氣になれば。

 如露――さうは行くめえ。おいらの料簡ひとつで、雨が降るんだ。おまけに、蓮果(はちす)でも外してみろ。それこそ土砂降りさ。

 

 

 薔薇――まあ、なんてひどい風……!

 添へ木――わしが附いてゐる。

 

 

 木苺――なぜ薔薇には棘(とげ)があるんだろう。薔薇の花なんて、喰べられやしないわ。

 生簀の鯉――うまいことを云ふぞ。だから、おれも、人が喰やがつたら骨を立ててやるんだ。

 薊――そさうねえ、だけど、それぢやもう遲すぎるわ。

 

 

 薔薇の花――あんた、あたしを綺麗だと思つて……?

 黃蜂(くまばち)――下の方を見せなくつちや……。

 薔薇の花――おはいりよ。

 

 

 蜜蜂――さ、元氣を出さう。みんな、あたしがよく働くつて云つてくれるわ。今月の末には、賣場の取締になれるといいけれど……。

 

 

 堇――おや、あたしたちは、みんな橄欖章をもらつてるのね。

 白い堇――だからさ、なほさら、控へ目にしなくつちやならないのよ、あんたたちは。

 葱――あたしをごらん。あたしが威張つたりして?

 

 

 菠薐草(はうれんさう)――酸模(すかんぽ)つていふのは、あたしのことよ。

 酸模――うそよ、あたしが酸模よ。

 

 

 分葱(わけぎ)――くせえなあ!

 大蒜(にんにく)――きつと、また石竹の奴だ。

 

 

 アスパラガス――あたしの小指に訊(き)けば、なんでもわかるわ。

 

 

 馬鈴薯――わしや、子供が生まれたやうだ。

 

 

 林檎の木(向ひ側の梨の木に)――お前さんの梨さ、その梨、その梨、……お前さんのその梨だよ、あたしがこさへたいのは。

 

[やぶちゃん注:ボナールの絵は、何故か、本原本の中でも私の好きな挿絵の一つである。以下、登場するオール・スター・キャストを挙げておく。流石に、「花」は拘ると大変な記載になるので、外した。

「向日葵」双子葉類植物綱キク目キク科キク亜科ヒマワリ属ヒマワリHelianthus annuus

「薔薇」バラ目バラ科バラ属 Rosa sp.

「木苺」バラ科バラ亜科キイチゴ属 Rubus sp.

「鯉」条鰭綱コイ目コイ科コイ属コイ Cyprinus carpio だが、特にヨーロッパ原産(特にドナウ川とヴォルガ川)の Cyprinus carpio carpio としておく。

「薊」キク目キク科アザミ亜科アザミ連アザミ属 Cirsium sp.。余談だが、諸君が寿司屋で巻物にしてもらう「ヤマゴボウ(山牛蒡)」と呼んでいるもの、山菜売りが「山ごぼう」として売っているもののは、実は、ヤマゴボウという植物ではないことを御存知か?(ナデシコ目ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属 Phytolacca があるが、これは有毒で食用にならない) あれは、アザミ類の根っこなのだよ。

「黃蜂(くまばち)」昆虫綱膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目ミツバチ科クマバチ亜科クマバチ族クマバチ属クマバチ Xylocopa sp.。「クマンバチ」とも呼び、私は「クマバチ」と呼んだことはない。但し、本邦では、地方の方言でスズメバチを指すところも多いので、それには注意が必要である。本邦の種は顔面後部に黄色部があるものをよく見かけるが、あれは概ねクマバチ Xylocopa appendiculata circumvolans (別名をまさに「キムネクマバチ」とも言う)である。クマバチ類は完全な蜜食で、性質は極めて温厚である、ヒトには殆んど関心を示さない。♂は比較的、行動的ではあるが、針を持たないため、刺すことはない。毒針を持つのは♀のみであり、巣があることを知らずに近づいたり、個体を急に握ったり、脅かしたりすると、刺すことはあるが、アナフィラキシー・ショックを起こさない限りは、刺されても、重症に至ることは極めて少ない。

「蜜蜂」膜翅目細腰亜目ミツバチ上科ミツバチ科ミツバチ亜科ミツバチ族ミツバチ属セイヨウミツバチ Apis mellifera

「堇」キントラノオ目スミレ科スミレ属 Viola sp.

「葱」(ねぎ)だが、これは本邦のネギ(単子葉植物綱キジカクシ目ヒガンバナ科ネギ属ネギ  Allium fistulosum var. giganteum )ではなく、地中海原産のネギ属の一種である「リーキ」(英語:leek)=「ポワロー」(フランス語:poireau)=「セイヨウネギ」(意訳であって和名ではない) Allium ampeloprasum を指す。

「菠薐草(はうれんさう)」ナデシコ目ヒユ科アカザ亜科ホウレンソウ属ホウレンソウ Spinacia oleracea 。我々の世代までは「ポパイ」の影響で、エネルギの源のように思っている者が多いが、ホウレンソウの灰汁の主成分はシュウ酸(HOOC–COOH)であり、多量に摂取し続けた場合は、鉄分やカルシウムの吸収を阻害したり、シュウ酸が体内でカルシウムと結合し、腎臓や尿路にシュウ酸カルシウム(Calcium oxalate CaC2O4 、又は、(COO2Ca )の結石を引き起こすことがあるので、要注意である(注意記載は当該ウィキを参照した)。

「酸模(すかんぽ)」ナデシコ目タデ科スイバ属スイバ Rumex acetosa 。私は「すっかんぽ」と呼び、幼少の時から、田圃周辺や野山を散策する際に、しょっちゅうしゃぶったものだった。なお、「すかんぽ」は若芽を食用にすると、やはり酸っぱい味がするナデシコ目タデ科ソバカズラ属イタドリ変種イタドリ Fallopia japonica ver. japonica の別名でもあるが、原文の“OSEILLE”(オザィエ)は、確かにスイバを指す。

「分葱(わけぎ)」原文の“ÉCHALOTE”(イシヤラォゥト)でお判りの通り、単子葉植物綱キジカクシ目ヒガンバナ科ネギ属タマネギ変種エシャロット Allium cepa var. aggregatum 。タマネギの一種であることから、知られるニンニク(後出)・リーキ(前出)・チャイブ(別名セイヨウアサツキ(西洋浅葱): Allium schoenoprasum var. schoenoprasum )・ラッキョウ( Allium chinense )などは、総て近縁種である。

「大蒜(にんにく)」同前でネギ属ニンニク Allium sativum

「石竹」双子葉植物綱ナデシコ目ナデシコ科ナデシコ属セキチク Dianthus chinensis

「アスパラガス」単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科クサスギカズラ属アスパラガス Asparagus officinalis

「馬鈴薯」双子葉植物綱ナス目ナス科ナス属ジャガイモ Solanum tuberosum

「林檎の木」バラ目バラ科サクラ亜科リンゴ属セイヨウリンゴ Malus domestica

 以下、注する。

「サクサクサク……稼ぐに追ひつく貧乏なし。」これはかなりの意訳翻案で、原文は“Fac et spera.”で、これはラテン語であって(ファク・エ・スペラ)「人事を尽くして天命を待つ。」といった意味である。辻昶訳一九九八年岩波文庫刊「博物誌」では、『一生懸命はたらいて、あとは神さままかせだ。』と訳された上で、注されておられ、私が以上で述べた内容と同様なことが示された後に、『イギリスのプロテスタント殉教者アスキュー(一五二一~四六)の言った言葉。またフランスの著名な出版者アルフォンス・ルメールが編集した本の表紙に記したことわざ。』とあった。

「向日葵――ええ、あたしさえその氣になれば。」原文ではヒマワリは“TOURNESOL” (トゥルヌソル)であるが、この綴りはまさに「向日葵」と同義で、「向きを変える・ターンをする」の意の動詞“tourner”(トゥルネ)と、「太陽」を意味する名詞“soleil”(ソレイユ)を合成して作ったものであり、フランス語では“soleil”自体に「ヒマワリ」の意がある(ヒマワリは“grand soleil”(グロン・ソレイユ)とも言われる)。さればこそ、日本語でも容易に判る通り、向日葵は太陽を自在に動かせるという自惚れに嵌まっているのである。

「蓮果(はちす)」言わずもがなだが、これは、無論、「蓮の臺(うてな)」なんどではない。ボナールの挿絵でお判りの通り、如雨露(ジョウロ)の先に嵌めてある散水用の金属製キャップのことである。

「賣場の取締」原文は“chef de rayon” この“rayon”は養蜂業で言う「巣板」(すばん)の意味があるので、「巣板主任(部長)」であるが、辻氏(彼は本文では、ここを『蜜窩(みつぶさ)主任』と訳しておられる)は注で、『この言葉にはほかに、デパートなどの売場主任という意味がある』と記しておられる。

「堇」の花言葉は「慎み深さ・謙虚」である。さればこそ「白い堇」は自分は白いからその勲章とは縁がないから幸いだが、「だからさ、なほさら、控へ目にしなくつちやならないのよ、あんたたちは。」と言っているのである。

「橄欖章」臨川書店版全集の佃裕文氏の訳に拠ると、これはフランスの「教育功労章二等勲章」を指す。これは“Ordre des Palmes académiques”で、当該ウィキによれば、これは当時の勲章の意匠は、英知・平和・豊穣・栄光の象徴たる「オリーブ」(橄欖)の木と、成功の象徴たる月桂樹をデザインしたものであったが、現在は棕櫚(シュロ)の枝二本に変えられている。当時の「オフィシエ」二等の徽章の画像がある。さらに、勲章のリボンはヴァイオレット(菫色)である。

「葱」ここは既に注した通り、リーキ(西洋葱・ポロ葱)であるが、臨川書店版全集注によれば、『俗語で農事功労章も意味する』とある。これは“Ordre du Mérite agricole”である。フランス語の当該ウィキがあり、そこに「この徽章は、リボンからぶら下がる白いエナメルの星形で構成されており、そのリボンの大部分が緑色を呈しているため、『ネギ』“Poireau”(前の「葱」の注参照)というニック・ネームが付けられた。『ポワローを付ける』という表現は、この受賞した勲章のリボンの色に由来する。」といった内容が書かれてある。ただ、他の勲章に比べると、相対的にそれほど名誉的価値のあるものでもなかったらしく、この“Poireau”という呼び名も田舎の農業人に相応しいという「けなし」のニュアンスも感じられる。事実、以下の「葱」の台詞「あたしをごらん。あたしが威張つたりして?」という部分対し、辻氏は注して、『大した価値のある勲章ではないので、ポロねぎのこの気負った言葉はこっけいである』という辛口の字背をも透かしておられるのである。

「菠薐草(はうれんさう)――酸模(すかんぽ)つていふのは、あたしのことよ。」臨川書店版全集注等を参考にすると、ここは「酸模」=スカンポ=スイバを示すフランス語“oseille”に俗語で「錢金(ぜにかね)」という意味を合わせ持ち、さらにスイバは、その葉がホウレンソウに似ている。ホウレンソウは鉄分を含んでいることから、ホウレンソウは「俺さまこそ、正真正銘の金(かね)を持ったスカンポだ!」と詐称しているらしいのである。

「アスパラガス――あたしの小指に訊(き)けば、なんでもわかるわ。」この原文“L'ASPERGE. - Mon petit doigt me dit tout.”の台詞を直訳すると、「私の小指は私にすべてを教えてくれる。」という意味である。これについて、辻氏は、『この表現はフランスで、子供にむかって、おまえが隠していることを知っているぞ(顔に書いてあるぞ)と言って白状させるときに使う。アスパラガスは小指に似ているので、ルナールはこんな言葉を言わせているのである。』とあった。

「梨」臨川書店版全集注によれば、「梨」“poire”という語は、「梨」の他に「顏」の意味も持つとし、本文訳でも佃氏は、林檎の台詞の「梨」の部分に、わざわざ、四箇所総てに、『かお』というルビを振つておられる。これは、前掲の辻氏訳本にも注があり、『りんごよりもなしの実の方があまくて高く評価されるので、りんごの木はなしの木をうらやんでいるのである。なお、このりんごの言葉は、ルナールの時代にはやったシャンソンをもじったものらしいが、よくわからない。』と記しておられる。これにて、消化不良、解消だ!

 なお、以下の原文は、「Internet archive」の原本の当該章を参考に、標題後を二行、各パートの間を一行、空けた。また、一部に不審な箇所があるので、原本に従い、カット、或いは、変更を加えた。

 

 

 

 

AU JARDIN

 

 

LA BICHE. - Fac et spera.

LA PIOCHE. - Moi aussi.

 

LES FLEURS. - Fera-t-il soleil aujourd'hui ?

LE TOURNESOL. - Oui, si je veux.

L'ARROSOIR. - Pardon, si je veux, il pleuvra, j'ôte ma pomme, à torrents.

 

LE ROSIER. - Oh ! quel vent !

LE TUTEUR. - Je suis là.

 

LA FRAMBOISE. - Pourquoi les roses ont-elles des épines ? Ça ne se mange pas, une rose.

LA CARPE DU VIVIER. - Bien dit ! C'est parce qu'on me mange que je pique, moi, avec mes arêtes.

LE CHARDON. - Oui, mais trop tard.

 

LA ROSE. - Me trouves-tu belle ?

LE FRELON. - Il faudrait voir les dessous.

LA ROSE. - Entre.

 

L'ABEILLE. - Du courage ! Tout le monde me dit que je travaille bien. J'espère, à la fin du mois, passer chef de rayon.

 

LES VIOLETTES. - Nous sommes toutes officiers d'académie.

LES VIOLETTES BLANCHES. - Raison de plus pour être modestes, mes soeurs.

LE POIREAU. - Sans doute. Est-ce que je me vante ?

 

L'ÉPINARD. - C'est moi qui suis l'oseille.

L'OSEILLE. - Mais non, c'est moi.

 

L'ÉCHALOTE. - Oh ! que ça sent mauvais!

L'AIL. - Je parie que c'est encore l'oeillet.

 

L'ASPERGE. - Mon petit doigt me dit tout.

 

LA POMME DE TERRE. - Je crois que je viens de faire mes petits.

 

LE POMMIER, au Poirier d'en face. - C'est ta poire, ta poire, ta poire... c'est ta poire que je voudrais produire.

 

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