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2023/11/14

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「かは沙魚」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

   かは沙魚(はぜ)

 

 

 彼は速い水の流れを遡つて、小石傳ひの道をやつて來る。といふのが、彼は泥も水草も好きではない。

 彼は、河底の砂の上に壜が一本轉がつてゐるのを見つける。中には水がいつぱいはつてゐるだけだ。私はわざと餌を入れておかなかつたのである。かわ沙魚(はぜ)はそのまはりを廻つて、頻りに入口を搜してゐたと思ふと、早速そいつにかかつてしまふ。[やぶちゃん注:戦後版では「餌」には『え』のルビがある。歴史的仮名遣では『ゑ』である。]

 私は壜を引上げて、かは沙魚を放してやる。

 川をのぼると、今度は物音が聞えて來る。彼は逃げ出すどころか、物好きにも、そのそばへ寄つて行く。それは、私が面白半分に水の中を踏みまくりながら、網を張つたそばで、水底を竿で搔き廻してゐるのである。かは沙魚は强情だ。網の目を突き拔けようとする。で、ひつかかる。

 私は網をあげて、かは沙魚を放してやる。

 その下流(しも)の方で、急にぐいぐい私の釣絲を引つ張るやつがあり、二色に塗つた浮子(うき)が水を切つて走る。

 引上げてみると、またしても彼である。

 私は彼を釣針から外して、放してやる。

 今度こそ、もうひつかかりはすまい。

 彼は直ぐそこに、私の足元の澄んだ水の中でぢつとしてゐる。その橫つ廣い頭や、頓馬な大きな眼や、二本の髯がよく見える。

 彼は裂けた脣で欠伸をし、今しがたの激しい興奮で、まだ息を彈ませてゐる。

 それでも、彼はいつかう性懲りがない。

 私はさつきの蚯蚓(みみず)をつけたまま、また釣絲をおろす。

 すると、早速、かわ沙魚は喰ひつく。

 いつたい、私たちはどちらが先に根負けするのだらう。

 

 

Kawahaze

 

 

 さては、いよいよ、かからないな。おほかた、今日が漁の解禁日だといふことを御存じないと見える。

 

[やぶちゃん注:最後の一文の前は五行空け。そこにボナールの絵を入れておいた。サイト版では条鰭綱スズキ目ハゼ亜目 Gobioidei(淡水産ということで、ドンコ科 Odontobutidaeまで狭めることが出来るかどうかまでは、フランスの淡水産魚類には暗いので、私には判断しかねる)としたのだが、今回、ネットでフランスで“goujon”を調べたところ、「仏和海洋生物辞典」を見出し、そこに、

   《引用開始》

goujon: n.m.[魚]河ハゼ、川ハゼ、カワハゼ;  [魚]タイリクスナモグリ[属][コイ科の淡水魚; 食用となる].

   《引用終了》

とあったことから、これは、条鰭綱コイ目コイ科カマツカ亜科 Gobionini 群ゴビオ属タイリクスナモグリ Gobio gobio であることが判明した(本邦には分布しない)。フランス語の同種のウィキをリンクさせておく。そこにある画像を見ると、しっかり「髯」が確認出来る。因みに、この魚、英語で調べてみると、“gudgeon”(ガジョン)で意味に『タイリクスナモグリ』とあって解説に『ヨーロッパ産のコイ科の小魚』で、『たやすく捕まえられ』、『食用や魚釣の餌(えさ)用』となると記した後に、『だまされやすい人』とあって、大いに納得! なお、最後の一文のアフォリズムは、二年先行する『ジュウル・ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」附 やぶちゃん補注』の中に『魚』という題で、同じものがある。

 なお、原文の最後の一文は「Internet archive」の原本の当該部を参考に、三行空けを施した。]

 

 

 

 

LE GOUJON

 

Il remonte le courant d'eau vive et suit le chemin que tracent les cailloux : car il n'aime ni la vase, ni les herbes.

Il aperçoit une bouteille couchée sur un lit de sable.

Elle n'est pleine que d'eau. J'ai oublié à dessein d'y mettre une amorce. Le goujon tourne autour, cherche l'entrée et le voilà pris.

Je ramène la bouteille et rejette le goujon.

Plus haut, il entend du bruit. Loin de fuir, il s'approche, par curiosité. C'est moi qui m'amuse, piétine dans l'eau et remue le fond avec une perche, au bord d'un filet. Le goujon têtu veut passer par une maille. Il

y reste.

Je lève le filet et rejette le goujon.

Plus bas, une brusque secousse tend ma ligne et le bouchon bicolore file entre deux eaux.

Je tire et c'est encore lui.

Je le décroche de l'hameçon et le rejette. Cette fois, je ne l'aurai plus.

Il est là, immobile, à mes pieds, sous l'eau claire. Je distingue sa tête élargie, son gros oeil stupide et sa paire de barbillons.

Il bâille, la lèvre déchirée, et il respire fort, après une telle émotion.

Mais rien ne le corrige.

Je laisse de nouveau tremper ma ligne avec le même ver.

Et aussitôt le goujon mord.

Lequel de nous deux se lassera le premier ?

 

 

 

Décidément, ils ne veulent pas mordre. Ils ne savent donc pas que c'est aujourd'hui l'ouverture de la pêche !

 

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