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2023/11/09

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「蝸牛」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

    蝸牛(かたつむり)

 

 

      

 

 

 風邪(かぜ)の季節には出嫌ひで、例の麒麟のやうな頸をひつこめたまま、蝸牛は、つまつた鼻のやうにぐつぐつと煑えてゐる。

 

 いい天氣になると、精いつぱい步き廻る。それでも、舌で步くだけのことだ。

 

[やぶちゃん注:ここには九行分の空きがあり(118ページは以上の一行のみ)、左ページには、明石哲三氏の二匹の単色黒のカタツムリの絵が添えられてある。行空けを再現すると間が抜けるので、ここにボナールの絵の一枚目を挟んでおく。]

 

Katatumuri1

 

      

 

 

 私の小さな仲間のアベルは、よく蝸牛と遊んでゐた。

 彼はそいつを箱にいつぱい飼つてゐて、おまけにそれがみんなちやんと見分けがつくやうに、殼のところに鉛筆で番號がつけてある。

 あんまり乾いた日には、蝸牛は箱の中で眠つてゐる。雨が降りさうになつて來ると、アベルは早速彼等を外に出して整列させる。で、直ぐに雨が降らなければ、上から水をいつぱいひつかけて目を覺まさせる。すると、箱の底で巢籠りをしてゐる母親の蝸牛――と、さう彼は云ふのだが、その蝸牛のほかは、みんなバルバアルといふ犬に護衞されて、ぞろぞろ步き出す。バルバアルといふのは鉛の板でできてゐて、それをアベルが指の先で押して行くのである。

 そこで、私は彼と一緖に、蝸牛を仕込むのはなかなか骨が折れるといふことを頻りに話し合ひながら、ふと氣がつくと、彼は「うん」と返事をする時でも、「いいや」といふ身振りをしてゐる。

 「おい、アベル」と私は云つた――「どうしてそんなに首を動かすんだい、右へやつたり、左へやつたり?」

 「砂糖があるんだよ」

 「なんだい、砂糖つて?」

 「そら、ここんとこさ」

 で、彼が四つん這ひになつて、第八號が仲間にはぐれさうになつてゐるのを引き戾してゐる最中、その頸に、肌とシャツの間に角砂糖が一つ、恰度メタルのやうに、絲で吊(つる)してあるのが眼についた。[やぶちゃん注:「メタル」はママ。原文は“médaille”(メダィル)で、所謂、「メダル」のことであり、英語の“medal”(メダル)と同義であり、戦後版でも『メダル』となっているから、これは誤植と断定してよい。]

 「ママがこんなものを結(ゆは)へつけたんだ」と彼は云ふ。「言ふことをきかないと、いつでもかうするんだよ」

 「氣持が惡いだらう?」

 「ごそごそすらあ」

 「ひりひりもするだろう、え! 眞つ赤になつてるぜ」

 「その代り、ママが勘辨してやるつて云つたら、こいつが喰へらあ」とアベルは云つた。

 

Katatumuri2

 

[やぶちやん注:カタツムリについては、恐るべきことに腹足綱 Gastropoda のレベルで表示することしか出来ないほど種が多いが、この標題の“ESCARGOT”(エスカルゴ)をフランスで最も食用に用いる種と限定するのなら、

軟体動物門腹足綱柄眼下目マイマイ上科マイマイ科ヘリックス属リンゴマイマイHelix pomatia(別名“escargot de Bourgogne”(エスカルゴ・ド・ブルゴーニュ/ブルゴーニュ種))

同属Helix aspersapetit-gris(プティ・グリ))

同属Helix aspersa maximagros-gris(グロ・グリ))

の三種となる。ボナールの挿絵は二つある。

「蝸牛は、つまつた鼻のやうにぐつぐつと煑えてゐる。」ルナールの亡くなる前年の(高血圧と動脈硬化が激しく、健康は悪化の一途を辿っていた)、一九〇九年十二月十日の日記(この年の最後の日記:一九九八年臨川書店刊・同全集第十五巻・打田・柏木・北村・小谷・七尾共訳)の終りから一つ前の文章に、『病気になって、喉の奥でエスカルゴがゆだっているような気がする。』とある(第五巻の佃裕文訳「博物誌」の後注で探した)。]

 

 

 

 

L'ESCARGOT

 

 

I

 

Casanier dans la saison des rhumes, son cou de girafe rentré, l'escargot bout comme un nez plein.

Il se promène dès les beaux jours, mais il ne sait marcher que sur la langue.

 

 

II

 

Mon petit camarade Abel jouait avec ses escargots.

Il en élève une pleine boîte et il a soin, pour les reconnaître, de numéroter au crayon la coquille.

S'il fait trop sec, les escargots dorment dans la boîte.

Dès que la pluie menace, Abel les aligne dehors, et si elle tarde à tomber, il les réveille en versant dessus un pot d'eau. Et tous, sauf les mères qui couvent, dit-il, au fond de la boîte, se promènent sous la garde d'un chien appelé Barbare et qui est une lame de plomb qu'Abel pousse du doigt.

Comme je causais avec lui du mal que donne leur dressage, je m'aperçus qu'il me faisait signe que non, même quand il me répondait oui.

- Abel, lui dis-je, pourquoi ta tête remue-t-elle ainsi de droite et de gauche ?

- C'est mon sucre, dit Abel.

- Quel sucre ?

- Tiens, là.

Tandis qu'à quatre pattes il ramenait le numéro 8 près de s'égarer, je vis au cou d'Abel, entre la peau et la chemise, un morceau de sucre qui pendait à un fil, comme une médaille.

- Maman me l'attache, dit-il, quand elle veut me punir.

- Ça te gêne ?

- Ça gratte.

- Et ça cuit, hein ! c'est tout rouge.

- Mais quand elle me pardonne, dit Abel, je le mange.

 

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