「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「隼(はやぶさ)」
[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。
また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。]
隼(はやぶさ)
彼は先づ村の上で何度も圓を描く。
さつきまでは、ほんの蠅一匹、煤一粒の大きさだつた。
その姿が次第に大きくなるにつれて、描く園が狹(せば)まつて來る。
時々、彼はぢつと動かなくなる。庭の鳥どもは不安さうな樣子を見せ始める。鳩は小屋へはいる。一羽の雌鷄はけたたましく鳴きながら、雛鷄(ひよこ)たちを呼び集める。用心堅固な鵞鳥どもが、裏庭から裏庭へがあがあ鳴き立ててゐる聲が聞える。
隼は躊(ためら)ふように、ぢつと同じ高さのところを飛んでゐる。恐らく、彼は鐘樓の雄鷄を狙つてゐるだけなのかも知れない。
恰度、一本の絲で空に吊り下げられてゐるやうだ。
突然、その絲が切れ、隼はさつと落ちて來る。獲物がきまつたのである。下界は、まさに慘劇の一瞬だ。
が、一同が驚いたことには、彼はまるで重さでも足りなかつたやうに、まだ地面へ着かないうちにぱつたりとまり、そこでひと羽搏きして、また空へ昇つて行く。
彼は、私が家の戶口でそつと彼の樣子をうかがひながら、からだの後ろに、なんだかぴかぴか光る長いものを隱してゐるのを見たのである。
[やぶちやん注:「隼」は鳥綱ハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属ハヤブサFalco peregrinusであるが、問題がある。ハヤブサはフランスにも棲息するが、通常、フランス語では“Faucon pèlerin”と呼び、原文の“ÉPERVIER”というのは、ハヤブサではなく、タカ目タカ科ハイタカ属 ハイタカ Accipiter nisus を指すからである。実際、所持する辻昶訳や臨川書店全集の佃裕文訳も、孰れも『はいたか』(前者)・『ハイタカ』(後者)と訳している。目レベルで異なる全くの異種であるから、これは致命的な誤訳であり、戦後版でも訂正されていない。
「蠅」双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目 Muscomorpha 。
「鳩」ハト目ハト科 Columbidae のハト類。
「雌鷄」(めんどり)キジ目キジ科キジ亜科ヤケイ(野鶏)属セキショクヤケイ亜種ニワトリ(庭鶏)ニワトリ Gallus gallus domesticus の♀。
「鵞鳥」鳥綱カモ目カモ科ガン亜科マガン属ハイイロガン Anser anser とサカツラガン Anser cygnoides の系統に属する品種を基本とするものが、本来のガチョウである。当該ウィキによれば、『現在』、『飼養されているガチョウは』、『ハイイロガンを原種とするヨーロッパ系種』(☜本篇のものはこちら)『と、サカツラガンを原種とする中国系のシナガチョウ』『に大別される。シナガチョウは』、『上』の嘴の『付け根に瘤のような隆起が見られ、この特徴によりヨーロッパ系種と区別することができる』とある。]
*
L'ÉPERVIER
Il décrit d'abord des ronds sur le village.
Il n'était qu'une mouche, un grain de suie.
Il grossit à mesure que son vol se resserre.
Parfois il demeure immobile. Les volailles donnent des signes d'inquiétude. Les pigeons rentrent au toit.
Une poule, d'un cri bref, rappelle ses petits, et on entend cacarder les oies vigilantes d'une basse-cour à l'autre.
L'épervier hésite et plane à la même hauteur. Peut-être n'en veut-il qu'au coq du clocher.
On le croirait pendu au ciel, par un fil.
Brusquement le fil casse, l'épervier tombe, sa victime choisie. C'est l'heure d'un drame ici-bas.
Mais, à la surprise générale, il s'arrête avant de toucher terre, comme s'il manquait de poids, et il remonte d'un coup d'aile.
Il a vu que je le guette de ma porte, et que je cache, derrière moi, quelque chose de long qui brille.
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