譚海 卷之六 武州越ケ谷金剛寺二犬の事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
武州越ケ谷金剛寺といふ眞言宗の寺に、從來、養ひ來(きた)る白犬、二疋、有り。
住持、江戶の支配所、本所彌勒寺へ用ある時は、文、かきて、このふたつの犬をよび、ひとつに、文を、えりに、結び付(つけ)て、ひとつに、錢二百文、えりにむすびつけて、やれば、やがて、出行(いでゆき)て、二時(ふたとき)ばかりには、江戶より歸りて、みろくじの返書、えりにくゝり付て、歸るなり。
但(ただし)、
「あす、江戶へ、やらん。」
と、するときは、宵(よひ)に、其(その)由(よし)を、犬に、いひつけ置(おき)、あしたに、いたり、白米二升飯(めし)にたきて、あたふれば、二つ犬、それを、くひ盡して、出(いづ)る也。
みろくじにて、此犬の來(きた)るを見れば、かたの如く、飯を焚(たき)て、くはする間に、返書を書きて、犬のえりに、むすび付(つけ)れば、犬、めしを、くひをはりて、又、立いで、かへるさには、いつも、蒲生(がまふ)の邊の酒屋へ、この犬、立寄(たちよる)也。
酒屋にても、此犬の來るを見れば、金剛寺の使(つかひ)なる事をしりて、やがて、犬のえりに、むすび付(つけ)たる錢(ぜに)を取(とり)て、代りに、白米を二升飯に焚きて、あたふる事、いつも、さだまりたる事に、人々も覺えたるとぞ。
奇特なる事也。
「其犬、ふたつとも、今は死(しし)たるべし。年久しくなりぬる事なれば、いかが。」
など、人の、いひし。
[やぶちゃん注:「武州越ケ谷金剛寺といふ眞言宗の寺」現在の埼玉県越谷市東町にある真言宗豊山派稲荷山金剛寺(グーグル・マップ・データ)。
「江戶の支配所、本所彌勒寺」東京都墨田区立川(旧地区名は本所)にある真言宗豊山派万徳山聖宝院弥勒寺(グーグル・マップ・データ)。江戸時代には新義真言宗の触頭寺院で、寺領百石の朱印状が与えられ、「関東四ヶ寺」の一寺として格の高い寺院であった。金剛寺からは、直線でも二十キロメートルを超える。
「蒲生」埼玉県越谷市蒲生であろう。北東に金剛寺のある東町を配した。]
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