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2023/11/10

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「毛蟲」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

    

 

 

 彼女は、暑い間かくまつて貰つていた草の茂みから這ひ出して來る。先づ、大きな起伏の續いてゐる砂道を橫切つて行く。用心して、途中で止らないやうにしながら、植木屋の木靴の足跡のなかでは、いつとき道に迷つたのではないかと心配する。

 苺の所まで辿りつくと、ちよつとひと休みして、鼻を左右に突き出しながら嗅いでみる。それからまた動きだすと、葉の下に潜つたり、葉の上へ出たり、今度はもうちやんと行先を心得てゐる。

 まつたく見事な毛蟲である。でつぷりとして、毛深くて、立派な毛皮にくるまつて、栗色のからだには金色の斑點があり、その眼は黑ぐろとしてゐる。

 嗅覺を賴りに、彼女は濃い眉毛のやうに、ぴくぴく動いたり、ぎゆつと縮んだりする。

 彼女は一本の薔薇の木の下でとまる。

 例の細かいホックの先で、その幹のごつごつした肌をさはつてみ、生れたばかりの仔犬のやうな小さな頭を振りたてながら、やがて決心して攀ぢ登り始める。

 で、今度は、彼女の樣子は、道の長さをくぎりくぎり喉へ押し込むやうにして、苦しげに嚥(の)み込んでいくとでも云はうか。

 薔薇の木のてつぺんには、無垢の乙女の色をした薔薇の花が咲いてゐる。その花が惜し氣もなく撒き散らす芳香に、彼女は醉つてしまふ。花は決して人を警戒しない。どんな毛蟲でも、來さへすれば默つてその莖を登らせる。贈物のやうにそれを受ける。そして、今夜は寒さうだと思ひながら、機嫌よく毛皮の襟卷を頸に卷きつけるのである。

 

Kemusi

 

[やぶちゃん注:節足動物門昆虫綱鱗翅目 Lepidoptera の幼虫の総称。私は「鱗翅目」を「チョウ目」と呼ぶのを好まない。ガの類の方が遙かに種数が多いからである。これは主体たる蛾に対する差別呼称であると信じて疑わない。この記載からは、恐らくインセクタ―の方は、一瞬にして種を特定するであろうが、私は実は、昆虫は概ね生理的に苦手で、小さなバッタが飛んできても、虫唾が走る人種であるため、同定出来ない。何方か、お教え下さると嬉しい。]

 

 

 

 

LA CHENILLE

 

Elle sort d'une touffe d'herbe qui l'avait cachée pendant la chaleur. Elle traverse l'allée de sable à grandes ondulations. Elle se garde d'y faire halte et un moment elle se croit perdue dans une trace de sabot du jardinier.

Arrivée aux fraises, elle se repose, lève le nez de droite et de gauche pour flairer ; puis elle repart et sous les feuilles, sur les feuilles, elle sait maintenant où elle va.

Quelle belle chenille, grasse, velue, fourrée, brune avec des points d'or et ses yeux noirs !

Guidée par l'odorat ; elle se trémousse et se fronce comme un épais sourcil.

Elle s'arrête au bas d'un rosier.

De ses fines agrafes, elle tâte l'écorce rude, balance sa petite tête de chien nouveau-né et se décide à grimper.

Et, cette fois, vous diriez qu'elle avale péniblement chaque longueur de chemin par déglutition.

Tout en haut du rosier, s'épanouit une rose au teint de candide fillette. Ses parfums qu'elle prodigue la grisent. Elle ne se défie de personne. Elle laisse monter par sa tige la première chenille venue. Elle l'accueille comme un cadeau.

Et, pressentant qu'il fera froid cette nuit, elle est bien aise de se mettre un boa autour du cou.

 

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