譚海 卷之十 越中國立山の事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
越中立山は、加賀の城下より麓まで、十八里、有り。
麓に行人(ぎやうにん)をやどす小屋あり。廿ケ所ほど有り。
そこに宿するに、時々、妖怪の事おほし。
夜半、にはかに、小屋、震動する事、たえず。
「天狗の所爲(しよゐ)なり。」
とて、その時は、小屋にある行人、皆、念佛をとなへ、死入(しにい)りたるやうにて、天明を、まちて、登山す。
それより山中は、一切、樹木なく、只、柳のみ、あり。その餘は、灌木、叢(くさむら)のやうに生ひたる中を行(ゆき)、二里、深谷にいたる。
谷に、藤かづらにて網(あみ)たる[やぶちゃん注:「編たる」の原本の誤字。]橋をかけたり。
橋のながさ、廿間[やぶちゃん注:三十六・三六メートル。]ばかり、わたれば、はし、ゆらめきて、膽(きも)をひやすこと、いふばかりなし。
谷は、眞黑にて、そこをしらず。
やうやく、是を、わたりて、山へ登る所に、火のもゆる所、諸所に有り。
火の色、靑くして、甚(はなはだ)、異なり。又、其邊(そのあたり)の谷にそひて、二、三十間[やぶちゃん注:三十六・三六~五十四・五四メートル。]ほどづつの、池みづ、あり。
二つは血色、一つは常の水なり。「血の池」に手をひたせば、赤く、肌へ、染(そ)みて、容易に脫せず。
池、熱湯にして、よほど、あつく、こらへがたきほどの事たり。
池より少し上に「さうづ川」といふ所あり。
川は、なくて、小石をあつめて、塔のかたちにつみたる所、多し。
こゝにある姥(うば)の像、はなはだ、異なり。
毛髮、動く如く、眼睛(がんせい)、いけるが如し。おそろしき事、いふばかりなし。
こゝは、すでに山の中段にいたる所なり。
こゝより、「無明(むみやう)」といふに、いたる。
この間、半里餘(あまり)あるべし。
「無明の橋」を過(すぐ)れば、山にのぼる事、いよいよ、嶮(けん)にして、道のはゞ、一尺ばかりありて、鐵のくさりを引(ひき)はへて[やぶちゃん注:ママ。「引き這(は)はして」の意か。]、くさりに取付(とりつき)てのぼるなり。
立山權現の社(やしろ)は、その絕頂にあり。
本社の下(した)に「前の社」といふあり。
山中、甚だ、幽僻蕭寂(ゆうへきしやうじやく)として、幽冥の路(みち)を行く。
參詣のもの、ことごとく、畏怖の懷(おもひ)に堪へず。
多くは、本社までいたるものなく、「前の社」にまうでて、下向するなり。
山は、かけぬけにて、越前三國のかたへ、くだる。この間、三里ばかりあるべし。
[やぶちゃん注:立山は霊場として古くから知られており、私の電子化した怪奇談にも枚挙に遑がない。ここはまず、オーソドックスの立山初級怪奇ガイドとして、「諸國里人談卷之三 立山」を第一に推しておく。食い足りない、立山の「そうづ川」=「葬頭河」やその「三途の渡し」にいる、「姥」=「葬頭婆」=奪衣婆の話に特化したものを、となら、「諸國里人談卷之二 姥石」、或いは、「三州奇談卷之五 邪宗殘ㇾ妖」を読まれたい。
「越前三國」現在、福井県に越前三国町があるが、立山とは隔たり過ぎて、違う。さすれば、「三國」は「さんごく」で「越後國」・「能登國」・「加賀國」を経て「越前」に至るの意か。にしても書き方がおかしい。よく判らんね。]
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