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2023/12/06

「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文) 「蝌斗(おたまじやくし)」

[やぶちゃん注:ジュール・ルナール(Jules Renard 一八六四年~一九一〇年)の “ Poil De Carotte(原題は訳すなら「人参の毛」であるが、これはフランス語で、昔、「赤毛の子」を指す表現である。一八九四年初版刊行)の岸田国士による戦前の翻訳である。

 私は既にサイト版「にんじん ジュウル・ルナアル作 岸田国士訳 挿絵 フェリックス・ヴァロトン(注:やぶちゃん copyright 2008 Yabtyan)」で、新字新仮名遣のそれを十五年前に電子化注している。そこでは、底本は岩波文庫版(一九七六年改版)を用いたが、今回は、国立国会図書館デジタルコレクションのジュウル・ルナアル作岸田國士譯「にんじん」(昭和八(一九三三)年七月白水社刊。リンクは標題のある扉)を用い、正字正仮名遣で電子化し直し、注も新たにブラッシュ・アップする。また、本作の挿絵の画家フェリックス・ヴァロトンFelix Vallotton(一八六五年~一九二五年:スイス生まれ。一八八二年にパリに出、「ナビ派」の一員と目されるようになる。一八九〇年の日本版画展に触発され、大画面モノクロームの木版画を手掛けるようになる。一九〇〇年にフランスに帰化した)の著作権も消滅している。上記底本にはヴァロトンの絵はない(当時は、ヴァロトンの著作権は継続していた)が、私は彼の挿絵が欠かせないと思っているので、岩波版が所載している画像を、今回、再度、改めて取り込み、一部の汚損等に私の画像補正を行った。

 ルビ部分は( )で示したが、ざっと見る限り、本文を含め、拗音・促音は使用されていないので、それに従った。傍点「丶」は下線に代えた。底本の対話形式の部分は、話者が示されダッシュとなる一人の台詞が二行に亙る際、一字下げとなっているが、ブラウザの不具合が起きるので、詰めた。三点リーダは「…」ではなく、「・・・」であるのはママである。各話の末尾に若い読者を意識した私のオリジナルな注を附した(岸田氏の訳は燻し銀であるが、やや語彙が古いのと、私(一応、大学では英語が嫌いなので、第一外国語をフランス語にした)でも、原文と照らしてみて、首をかしげる部分が幾分かはある。中学二年生の時、私がこれを読んだときに立ち返ってみて、当時の私なら、疑問・不明に思う部分を可能な限り、注した。原文はフランスのサイト“Canopé Académie de Strasbourg”の“Jules Renard OIL DE CAROTTE (1900)”PDF)のものをコピーし、「Internet archive」の一九〇二年版の原本と校合し、不審箇所はフランス語版“Wikisource”の同作の電子化も参考にした。詳しくは、初回の冒頭注を参照されたい。

 

Otamajyakusi

 

     蝌 斗(おたまじやくし)

 

 

 にんじんは、獨り、中庭で遊んでゐる。それも、ルピツク夫人が窓から見張りの出來るやうに、まん中にゐるのである。で、彼は、神妙に遊ぶ稽古をする。そこへ丁度、友達のレミイが現はれた。同い年の男の子で、跛足(びつこ)をひき、しかも、しよつちゆう走らうとばかりする。自然、わるい方の左の脚は、もう一方の脚に引きずられ、決してそれに追ひつかない。彼は、笊をもつてゐる。そして云ふ――

 「來ない、にんじん? うちのお父つあんが川へ網をかけてるんだ。手傳ひに行かう。そいで、僕たちは笊でオタマジヤクシをしやくおうよ」

 「母さんに訊けよ」

と、にんじんは答へる。

 

レミイ――どうして? 僕がかい[やぶちゃん注:句点無しはママ。誤植。]

にんじん――だつて、僕だと許しちやくれないからさ。

 

 丁度、ルピツク夫人が、窓ぎはに姿を現はす。レミイは云ふ――

 「小母さん、あのねえ、濟みませんけど、僕、オタマジヤクシ捕りに、にんじんを連れてつていゝですか」

 ルピツク夫人は、窓硝子に耳を押しつける。レミイは、聲を張り上げて、もう一度云ひ直す。ルピツク夫人は、わかつた。口を動かしてゐるのが見える。こつちの二人には、なんにも聞えない。で、顏を見合せて、もぢもぢする。しかし、ルピツク夫人は、頭を振つてゐるではないか。明らかに、不承知の合圖をしてゐるのだ。

 「いけないつてさ」――にんじんは云ふ――「きつと、後で、僕に用事があるんだらう」

レミイ――ぢやあ、しやうがないや。とつても面白いんだけどなあ。なあんだ、いけないのか。

にんじん――ゐろよ。ここで遊ばう。

レミイ――いやなこつた。オタマジヤクシ捕りに行つた方が、ずつといゝや。暖かいんだもん、今日は・・・。僕、笊に何杯も捕つてみせるぜ。

にんじん――もう少し待つてろよ。母さんは、何時でも、はじめいけないつて云ふんだ。後になつて、どうかすると、また意見が變るんだ。

レミイ――ぢや、十五分かそこらだよ。それより長くはいやだぜ。

 

 二人とも、そこに突つ立つたまゝ、兩手をポケツトに入れ、素知らぬ顏て踏段の方に氣を配つてゐる。と、やがて、にんじんは、レミイを肱で小突く。

 「どうだ、云つた通りだらう」

 なるほど、戶が開いて、ルピツク夫人が、片手ににんじんのための笊を持ち、踏段を一段おりた。が、彼女は、不審げに、立ち止る。

 「おや、お前さんまだゐたの、レミイ? もう行つちまつたのかと思つた。お父つあんに云ひつけるよ、そんなとこで無駄遊びをしてると・・・」

 

レミイ――おばさん、だつて、にんじんが待つてろつていふんだもの・・・。

ルピツク夫人――なに、それやほんとかい、にんじん?

 

 にんじんは、さうだともさうでないとも云はない。自分ながら、もうわからないのだ。彼はルピツク夫人のどこから何處までを識り拔いてゐる。だからこそ、今もまた、彼女の腹の中を見拔いたわけ。だのに、このレミイの間拔野郞が、事を面倒にし、なにもかもぶち毀してしまつた。にんじんは、もう結末がどうであらうとかまはないのである。彼は、足で草を踏み躪り、そつぽを向いてゐる。[やぶちゃん注:「彼はルピツク夫人のどこから何處までを識り拔いてゐる。」日本語としておかしな訳である。原文は“Il connaît madame Lepic sur le bout du doigt.”で、極めてシンプルに「彼はルピック夫人のことをよく知っている。」である。岸田氏の訳に沿う形なら、「彼はルピツクうじんのことを何處(どこ)も彼處(かしこ)も識り拔いてゐる。」でいいわけだ。「踏み躪り」「ふみにじり」。]

 「そんなこと云ふけど、考へてごらん」と、ルピツク夫人は云ふ――「母さんは平生でも、一度云つたことを取消したりなんかしないだらう」

 その後へは、一言も附加へない。

 彼女は、また踏段を登つて行く。序に笊も持つてはひつてしまふ。にんじんがオタマジヤクシをしやくふために持つて行く笊だ。そして、そいつは、彼女がわざわざ生(なま)の胡桃(くるみ)をあけて來たのである。[やぶちゃん注:この最後の一文は意味に於いて、或いは躓く読者が出てくるかも知れない。原文は“qu’elle avait vidé de ses noix fraîches, exprès.”で、「彼女は、生の胡桃の実を入れて置いておいた、その笊を、わざわざ、それらを除けて、『にんじん』のところへ持ってきたのだった。」の意である。則ち、その行動の開始時には、ルピック夫人はオタマジャクシ捕りに行かせてやろうとしたことを意味する。しかし、彼女は、「にんじん」が彼女の起こすであろう気まぐれな行動を、あらかじめ予期していたこと、気まぐれな行動をさえ気づかれてしまっていたを知って、完全にキレたのである。]

 レミイは、もう、はるか彼方にゐる。

 ルピツク夫人は、殆んど戲談口を利かない。それで他所の子供たちは、彼女のそばへ來ると用心をする。まづ學校の先生程度に怖ろしいのである。[やぶちゃん注:「他所」「よそ」。戦後版でもそうルビしている。]

 レミイは、向うの方を、川を目がけて、一目散に走つてゐる。その駈けつ振りの早さと來たら・・・相變らず遲れる左の足が、道の埃へ筋をつけ、踊り上り、そして鍋のやうな音を立てゝゐる。

 折角の一日を棒に振つて、にんじんは、もう、何をして遊ぶ氣にもならない。

 彼は、素晴らしい慰みを取逃がした。

 これから、そろそろ口惜しくなるのだ。

 彼は、それを待つばかりである。

 佗しく、賴りなく、にんじんはぢつとしてゐる――退屈が來るなら來い! 罰が當たるなら當れ! だ。[やぶちゃん注:「罰」戦後版では『ばち』とルビする。それで採る。]

 

[やぶちゃん注:原本はここから。

「鍋のやうな音を立てゝゐる」この「鍋」は原文では“casserole”で、これは「シチュー用のソースパン」(片手の厚手の深鍋(ふかなべ))、又は「シチュー」そのものを指す。これは全くの感じだが、走り去るミレイの、その不自由な左足が、地面を、「ポク、ポク、……」若しくは、「コト、コト、……」と叩く音が、ソースパンでシチューを煮込んでゐる際の音と似ているという表現ではなかろうか? 識者の御教授を乞うものである。]

 

 

 

 

    Les Têtards

 

   Poil de Carotte joue seul dans la cour, au milieu, afin que madame Lepic puisse le surveiller par la fenêtre, et il s’exerce à jouer comme il faut, quand le camarade Rémy paraît. C’est un garçon du même âge, qui boite et veut toujours courir, de sorte que sa jambe gauche infirme traîne derrière l’autre et ne la rattrape jamais. Il porte un panier et dit :

   Viens-tu, Poil de Carotte ? Papa met le chanvre dans la rivière. Nous l’aiderons et nous pêcherons des têtards avec des paniers.

   Demande à maman, dit Poil de Carotte.

     RÉMY

   Pourquoi moi ?

     POIL DE CAROTTE

   Parce qu’à moi elle ne me donnera pas la permission.

 

   Juste, madame Lepic se montre à la fenêtre.

   Madame, dit Rémy, voulez-vous, s’il vous plaît, que j’emmène Poil de Carotte pêcher des têtards ?

   Madame Lepic colle son oreille au carreau. Rémy répète en criant. Madame Lepic a compris. On la voit qui remue la bouche. Les deux amis n’entendent rien et se regardent indécis. Mais madame Lepic agite la tête et fait clairement signe que non.

   Elle ne veut pas, dit Poil de Carotte. Sans doute, elle aura besoin de moi, tout à l’heure.

     RÉMY

   Tant pis, on se serait rudement amusé. Elle ne veut pas, elle ne veut pas.

     POIL DE CAROTTE

   Reste. Nous jouerons ici.

     RÉMY

   Ah ! non, par exemple. J’aime mieux pêcher des têtards. Il fait doux. J’en ramasserai des pleins paniers.

     POIL DE CAROTTE

   Attends un peu. Maman refuse toujours pour commencer. Puis, des fois, elle se ravise.

     RÉMY

   J’attendrai un petit quart, mais pas plus.

Plantés là tous deux, les mains dans les poches, ils observent sournoisement l’escalier et bientôt Poil de Carotte pousse Rémy du coude.

   Qu’est-ce que je te disais ?

   En effet, la porte s’ouvre et madame Lepic, tenant à la main un panier pour Poil de Carotte, descend une marche. Mais elle s’arrête, défiante.

   Tiens, te voilà encore, Rémy ! Je te croyais parti. J’avertirai ton papa que tu musardes et il te grondera.

     RÉMY

   Madame, c’est Poil de Carotte qui m’a dit d’attendre.

     MADAME LEPIC

   Ah ! vraiment, Poil de Carotte ?

 

   Poil de Carotte n’approuve pas et ne nie pas. Il ne sait plus. Il connaît madame Lepic sur le bout du doigt. Il l’avait devinée une fois encore. Mais puisque cet imbécile de Rémy brouille les choses, gâte tout, Poil de Carotte se désintéresse du dénouement. Il écrase de l’herbe sous son pied et regarde ailleurs.

   Il me semble pourtant, dit madame Lepic, que je n’ai pas l’habitude de me rétracter.

   Elle n’ajoute rien.

   Elle remonte l’escalier. Elle rentre avec le panier que devait emporter Poil de Carotte pour pêcher des têtards et qu’elle avait vidé de ses noix fraîches, exprès.

   Rémy est déjà loin.

   Madame Lepic ne badine guère et les enfants des autres s’approchent d’elle prudemment et la redoutent presque autant que le maître d’école.

   Rémy se sauve là-bas vers la rivière. Il galope si vite que son pied gauche, toujours en retard, raie la poussière de la route, danse et sonne comme une casserole.

   Sa journée perdue, Poil de Carotte n’essaie plus de se divertir.

   Il a manqué une bonne partie.

   Les regrets sont en chemin.

   Il les attend.

   Solitaire, sans défense, il laisse venir l’ennui, et la punition s’appliquer d’elle-même.

 

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