只野真葛 むかしばなし (116) 仇討ち二話
一、長井工藤のぢゞ樣がた、むかしなじみの人に、父のあだを打(うち)、後(のち)に醫となりし人、兩人、有(あり)しが、いづれも、骨、ふとく、大男、力もさぞ有べし。醫は、餘り、上手にては、なかりし、とぞ。
其内、壱人の、つたひは、あだをねらう身なれば、常にさして、おもし、と、思ふほどの刀をさして居(をり)たりし、とぞ。
しかるに、大坂の町中にて、あるとき、ふと、敵(かたき)に行合(ゆきあひ)、なのりかけて、立(たち)あひしが、日暮のことなりしに、このていを見るより、兩側(りやうがは)の町屋にては、
「ひし」
と、戶をさして、いづる人、なし。
雨は、しきりに、ふりまさるに、二うち、三打、うちあふ内に、くらくなりて、たがひにけわひ[やぶちゃん注:ママ。「氣配」。]を、めがけて、うつことなりしに、常に、おもしと、おもふ刀の、かろきこと、手に持(もち)しやうにも、なかりしゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、
『あやしや、俺も、死つるか。』
と、つば本(もと)より、先迄、みねを引(ひき)て見し内、切りこまれたる太刀より、うけだちと成(なり)て、はなはだ、あやふく、隅の所へ、おしつけられ、すで一うちとなるべき時、いさゝか、計略をめぐらし、
「着ごみをきてゐるから、脚を、なぐれ。」
と言葉をかけし故、すけだち、有(ある)や【かたきの心なり。】[やぶちゃん注:底本に『原傍註』とある。]
と、後(うしろ)を見かへる時、きりつけて、仕(し)とめたり、とぞ。
誠に、この一言にて勝(かち)とは成(なり)しなり【「かゝる急難に逢(あひ)し内、か樣(やう)の一言(ひとこと)は、中々、今時(いまどき)の人の出(いで)まじきことなり。」と、父樣、常に被ㇾ仰し。】[やぶちゃん注:底本に『原傍註』とある。]。
其時、數(す)ケ所、きずをうけ、右のうでを、きられしが、筋(すぢ)へかゝり、不自由に成(なり)て、刀をふること、あたわねば[やぶちゃん注:ママ。]、醫とは、なりし、とぞ。
大音にて、玄關より、
「お見舞申(まふす)。」
といふ聲、家内にひゞきし、とぞ。
今壱人は、六、七萬石の大名の家中なりしが、殿、御年、若く、劍術をこのませられ、新參の劍術者を、御取立(おとりたて)有(あり)て、家老に被ㇾ成(なされ)しより、元來、よろしからぬものにて、譜代の忠臣・老臣を、いみて、過半、是がために讒《ざん》せられし中(なか)に、廿餘(はたちあまり)のせがれに、劍術を、よくして、大力大兵(たい《ひやう》)のもの、有しを、父子共に、いまれて、御いとま出(いで)し、とぞ。
さて、殿は、大坂御城代を仰蒙(おほせかふむ)らせられて、かの惡家老(わるがらう)も、供にめしつれられて、御立(おたち)有し夜(よ)、浪人せし老臣、せがれを、めしつれ、御門前にいたり、石に腰をかけ、
「さて。汝に、いひおくこと有(あり)。殿、新參佞人(《ねい》じん)にまよわせられ、忠臣を、うしなはるゝこと、なげくに、たえず。あの佞人を打(うつ)て、すてたくおもひ[やぶちゃん注:ママ。]ども、年老たれば、彼に及びがたきを、はかる間に、浪々の身とまでなりしは、無念のいたりなり。汝は、天晴(あつぱれ)、かれを打(うつ)べき力量あれば、是より、すぐに追付(おひつけ)、佞人を、打(うつ)て、我(わが)無念を、はらさせよ。おしからぬ命は、今、汝を、はげますために、絕つぞ。」
とて、もろはだぬぎて、腹、切(きり)ながらも、
「少しも、はやく、佞人を打(うつ)て、我我(われわれ)、まうしう[やぶちゃん注:ママ。「妄執」で「まうしふ」が正しい。]を、はらさせよ。死がいは、此まゝ、すておくべし。
人の見付(みつけ)て、『おもふ心、有(あり)』とは、沙汰すべし。」
とて、息、たえたり。[やぶちゃん注:以下は底本も改段落してある。]
一子は、此ていを見て、無念のおもひ、もゆるがごとく、少しも早くとはおもへども、一日(いちにち)路(みち)おくれし事故(ゆゑ)、是非なく、旅用意を、とゝのへて、道中を追(おひ)かけしが、便(びん)あしくして、道にては、出(いで)あはず。
大坂にいたりては、每日、大手をうかゞひしに、かの家老、美々しく出いで)たちて、馬にうちのり、城門を出(いで)しを見かけ、心、悅(よろこび)、太刀をぬいて、おどりいで、先(せん)がち[やぶちゃん注:「先徒歩(せんがち)」。]の中へ、きりいりしに、廿人餘(あまり)の供廻り、壱人も、敵(てき)するもの、なく、皆、ちりぢりに、にげさりて、かたき壱人(ひとり)となりし時、大聲、あげて名のるは、
「我は、是(これ)、其方(そのはう)がために、ざんせられて、浪人せし、何の何がしが悴《せがれ》なり。父は、其方をうらみて、過(すぎ)し御出立(おんしゅつたつ)の夜(よ)、御門前にて、切腹して、相(あひ)はてたり。父のかたき、のがさず。」
と、切(きつ)てかゝりしかば、さすが、劍術者ゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、臆する色なく、馬上ながら、わたり合(あひ)しを、馬のもろ膝(ひざ)、なぐつて、引(ひき)おろし、徒步(かち)だちとなりて、しばしは敵《てき》も仕合(しあはせ)しが、孝子は、終(つひ)にうちかちて、首(くび)をかきしぞ、いさましき。
此勝負は、至(いたつ)て、はれなことにて有(あり)し、とぞ。
大坂御城前の廣場故(ゆゑ)、近よる人こそ、なけれ、四方は、人ぶすまを作りて、見物せしが、首、引提(ふつさげ)て、立上(たちあが)り、
「ことの由(よし)をうつたへん。」
と、奉行所、さして行(ゆく)あとへ、一町[やぶちゃん注:百九メートル。]ばかり、へだちて見物の人、おして來(きた)るどよめきは、芝居の打(うち)だしのごとくなりし、とぞ。
日も暮(くれ)しかば、手々(てんで)にて、提燈、さげて、したひくるを、
『いかゞするとぞ。』
と、こゝろ見に、ふみとまれば、數人(すにん)も、とどまり、あゆめば、また、追(おひ)くる故、あとへ、少し、もどりしかば、
「ワツ。」
ト、いふて、にげちるてい、おもしろきことゝおもひて、度々(たびたび)、後(うしろ)をふりむき、刀を、ふりなどして、おどしたりし、とぞ。
さて、奉行所へ、いりて、ことのよしを、つぶさに申上(まふしあげ)しに、隨分、ていねいなるとりあつかひにて、落着(おちつく)までは、「預り」に成(なり)て有(あり)しに、
『人も、いやしめねば、よし。』
と、おもひて有しを、
「明日、落着(らくちやく)。」
と聞(きき)し時より、段(だん)おちして、「斬罪《ざんざい》」のもののあしらひと成(なり)し故、
『命(いのち)おしき事は、なけれど、「しばり首」きられんは、無念、いたり。』
と思へ、其夜、風呂に入(はいり)し時、ゆかた一枚にて、手ぬぐひを、帶となし、風呂屋をぬけて、出(いで)たりしが、やゝありて、追手(おつて)のかゝるていなりし故、藪にかゞみて、やうすを見しに、兩三度、其前を過(すぎ)しが、藪の中まで、さがすていにもなかりしかば、藪ごしに街道へ出(いで)しが、折ふし、極寒の夜なるに、湯上りといひ、ひとへにて、寒氣、絕(たえ)がたくおもひし時、むかふより、侍、壱人、來りしを、とらへて、
「我は、是(これ)、おとにも聞及(ききおよび)つらん、このほど、父のあだをうちし何の何がしなり。明日(あす)、『しばり首』きられんよし、聞(きき)し故、無念におもひてたちのくなり。其方、衣服・大小、申(まふし)うけたし。もし、異議におよばゞ、命迄ももらわねば[やぶちゃん注:ママ。]、ならず。」
と、いひければ、ふるひ、ふるひ、衣類・大小を、わたしたりし故、身の𢌞りを、こしらへ、夜明(よあけ)て見れば、大小、氣にいらぬ故、刀屋(かたなや)の見世(みせ)へ、いりて、始(はじめ)のごとく、なのり、
「此大小、とりかへもらひたし。」
と云(いひ)ければ、亭主は、おずおず、あまたの大小を、いだしたるを、
「するり」
と、ぬいて下に置(おき)、又、ぬいては、おきおきして、刄物(はもの)を、殘らず、ぬきならべ、其内にて、心にかなひしをとりてさし出行(いでゆき)しに、一言も、いふことなかりし、とぞ。
後(のち)に聞(きけ)ば、ぬきたりし刄物を、四、五日は、おめる[やぶちゃん注:ママ。『日本庶民生活史料集成』版では、『おさめる』(ママ)である。]人、なくて、大坂中の人、見物に來りし、とぞ。
「大坂人は、ものおぢする。」
と、いへば、さぞ、あらんかし。
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