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2023/12/08

「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文) 「最初の鴫(しぎ)」

[やぶちゃん注:ジュール・ルナール(Jules Renard 一八六四年~一九一〇年)の “ Poil De Carotte(原題は訳すなら「人参の毛」であるが、これはフランス語で、昔、「赤毛の子」を指す表現である。一八九四年初版刊行)の岸田国士による戦前の翻訳である。

 私は既にサイト版「にんじん ジュウル・ルナアル作 岸田国士訳 挿絵 フェリックス・ヴァロトン(注:やぶちゃん copyright 2008 Yabtyan)」で、新字新仮名遣のそれを十五年前に電子化注している。そこでは、底本は岩波文庫版(一九七六年改版)を用いたが、今回は、国立国会図書館デジタルコレクションのジュウル・ルナアル作岸田國士譯「にんじん」(昭和八(一九三三)年七月白水社刊。リンクは標題のある扉)を用い、正字正仮名遣で電子化し直し、注も新たにブラッシュ・アップする。また、本作の挿絵の画家フェリックス・ヴァロトンFelix Vallotton(一八六五年~一九二五年:スイス生まれ。一八八二年にパリに出、「ナビ派」の一員と目されるようになる。一八九〇年の日本版画展に触発され、大画面モノクロームの木版画を手掛けるようになる。一九〇〇年にフランスに帰化した)の著作権も消滅している。上記底本にはヴァロトンの絵はない(当時は、ヴァロトンの著作権は継続していた)が、私は彼の挿絵が欠かせないと思っているので、岩波版が所載している画像を、今回、再度、改めて取り込み、一部の汚損等に私の画像補正を行った。

 ルビ部分は( )で示したが、ざっと見る限り、本文を含め、拗音・促音は使用されていないので、それに従った。傍点「丶」は下線に代えた。底本の対話形式の部分は、話者が示されダッシュとなる一人の台詞が二行に亙る際、一字下げとなっているが、ブラウザの不具合が起きるので、詰めた。三点リーダは「…」ではなく、「・・・」であるのはママである。各話の末尾に若い読者を意識した私のオリジナルな注を附した(岸田氏の訳は燻し銀であるが、やや語彙が古いのと、私(一応、大学では英語が嫌いなので、第一外国語をフランス語にした)でも、原文と照らしてみて、首をかしげる部分が幾分かはある。中学二年生の時、私がこれを読んだときに立ち返ってみて、当時の私なら、疑問・不明に思う部分を可能な限り、注した。原文はフランスのサイト“Canopé Académie de Strasbourg”の“Jules Renard OIL DE CAROTTE (1900)”PDF)のものをコピーし、「Internet archive」の一九〇二年版の原本と校合し、不審箇所はフランス語版“Wikisource”の同作の電子化も参考にした。詳しくは、初回の冒頭注を参照されたい。

 

Saisyonosigi

 

      最初の鴫(しぎ)

 

 「そこにゐろ、一番いゝ場所だ。わしは犬を連れて林をひと廻りして來る。鴫を追ひ立てるんだ。いゝか、ピイピイつて聲がしたら、耳を立てろ。それから眼をいつぱいに開(あ)けろ。鴫が頭の上を通るからな」

 ルピツク氏は、かう云つた。

 にんじんは、兩腕で鐵砲を橫倒しに抱いた。鴫を擊つのはこれが初めてだ。彼は以前に、父の獵銃で、鶉を一羽殺し、鷓鴣の羽根をふつ飛ばし、兎を一疋捕り損つた。

 鶉は、地べたの上で、犬が立ち止まつてゐるその鼻先で、仕止めたのである。はじめ、彼は、土の色をした丸い小さな球のやうなものを、見るともなしに見据(みす)えてゐた。[やぶちゃん注:「見据(みす)えていた」はママ。歴史的仮名遣は「みすゑてゐた」が正しい。]

 「後(あと)へさがつて・・・。それぢやあんまり近すぎる」

 ルピツク氏は彼にさう云つた。

 が、にんじんは、本能的に、もう一步前へ踏み出し、銃を肩につけ、筒先を押しつけるやうにして、ぶつ放した。灰色の毬は、地べたへめり込んだ。鶉はといふと木ツ葉微塵、姿は消えて、たゞ、羽根のいくらかと血まみれの嘴が殘つてゐたゞけだ。[やぶちゃん注:「毬」戦後版では『まり』とルビする。それを採る。但し、この場合は、「銃弾」を指しているので、ご注意あれ。]

 それはさうと、若い狩獵家の名聲が決まるのは、鴫を一羽擊ち止めるといふことだ。今日といふ日こそ、にんじんの生涯を通じて、記念すべき日でなければならぬ。

 黃昏(たそがれ)は、誰も知るとおり、曲者である。物みなが煙のやうに輪廓を波打たせ、蚊が飛んでも、雷が近づくほどにざわめき立つのである。それゆえ[やぶちゃん注:ママ。]、にんじんは、胸をわくわくさせ、早くその時になればいゝと思ふ。

 鶫(つぐみ)の群が、牧場から還りに、柏の木立の中で、ぱツとはぢけるやうに散ると、彼は、眼を慣らすために、それを狙つてみる。銃身が水氣(すいき)で曇ると、袖でこする。乾いた葉が、其處こゝで、小刻みな跫音をたてる。[やぶちゃん注:「水氣」戦後版では、『すいき』とルビする。それで採る。湿った地面から立ち昇る水蒸気のことである。]

 すると、やがて、二羽の鴫が、舞ひ上がつた。例の長い嘴で、そのために、飛び方が重い。それでも、情愛濃やかに、追ひつ追はれつ、身顫ひする林の上に大きな輪を畫くのである。[やぶちゃん注:「畫く」戦後版にもルビはないが、「ゑがく」と訓じておく。]

 ルピツク氏が、豫め云つたやうに、彼等は、ピツピツピイと啼いてはゐるが、あんまり微かなので、こつちへやつて來るかどうか、にんじんは心配になりだした。彼は、切りに[やぶちゃん注:ママ。「頻りに」の誤記か。戦後版では『しきりに』とひらがな書きとなっている。]眼を動かしてゐる。見ると、頭の上を、二つの影が通り過ぎようとしてゐる。銃尾を腹にあて、空へ向けて、好い加減に引鐵を引いた。[やぶちゃん注:「引鐵」戦後版では『引鉄』で『ひきがね』とルビする。それを採る。]

 二羽のうち一羽が、嘴を下にして落ちて來る。反響が林の隅々へ恐ろしい爆音を撒き散らす。

 にんじんは、羽根の折れたその鴫を拾ひ、意氣揚々とそれを打ち振り、そして、火藥の臭ひを吸ひ込む。

 ピラムがルピツク氏より先に駈けつけて來る。ルピツク氏は、何時もよりゆつくりしてゐるわけでもなく、また急ぐわけでもない。

 「來ないつもりなんだ」

 にんじんは、褒められるのを待ちながら、さう考へる。

 が、ルピツク氏は、枝を搔き分け、姿を現はす。そして、まだ煙を立てゝゐる息子に向ひ、落つき拂つた聲で云ふ――

 「どうして二羽ともやつつけなかつたんだ」

 

[やぶちゃん注:原本はここから。

「鴫」はシギ科 Scolopacidaeの模式種であるチドリ目シギ科ヤマシギ属ヤマシギ Scolopax rusticola としてよい。ジビエ料理の王道とされる、「にんじん」が言うように、「長い嘴」を持ったそれである。

「鷓鴣」前揭の「鷓鴣」の注を參照。

「鶉」フランスのウズラはウズラの基準種であるキジ目キジ科ウズラ属ウズラCoturnix coturnix である。「ヨーロッパウズラ」等とも呼ぶが、こちらが正統なフランスの「ウズラ」である。ジビエ料理には、それを改良した本邦でお馴染みのウズラ Coturnix japonica が使用されているようではある。

「鶫」原文は“grives”で、スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ツグミ科ツグミ属 Turdus だが、異様に種が多いので、絞り込めない。但し、ここでは、「にんじん」が狙い易い対象として選んでいるとすれば、また、序でに加えるなら、フランスでジビエ料理に供される種とすれば、さらに、撃つ気はなくても、小振りの鳥を狙うというのは、一人前の猟師たらんとする者としは、これまた、不名誉であろうから、大型種であるヤドリギツグミTurdus viscivorus を候補として挙げてもよいか。

「柏」これはフランスであるから、双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属コナラ族 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata とすることは出来ない。本邦のお馴染みの「カシワ(柏・槲・檞)」は日本・朝鮮半島・中国の東アジア地域にのみ植生するからである。原文では“chêne”で、これはカシ・カシワ・ナラなどのブナ目ブナ科コナラ属 Quercus の総称である。則ち、「オーク」と訳すのが、最も無難であり、特にその代表種である模式種ヨーロッパナラ(ヨーロッパオーク・イングリッシュオーク・コモンオーク・英名はcommon oakQuercus robur を挙げてもよいだろう。]

 

 

 

 

    La première Bécasse

 

   Mets-toi là, dit M. Lepic. C’est la meilleure place. Je me promènerai dans le bois avec le chien ; nous ferons lever les bécasses, et quand tu entendras : pit, pit, dresse l’oreille et ouvre l’oeil. Les bécasses passeront sur ta tête.

   Poil de Carotte tient le fusil couché entre ses bras. C’est la première fois qu’il va tirer une bécasse. Il a déjà tué une caille, déplumé une perdrix, et manqué un lièvre avec le fusil de M. Lepic.

   Il a tué la caille par terre, sous le nez du chien en arrêt. D’abord il regardait, sans la voir, cette petite boule ronde, couleur du sol.

   Recule-toi, lui dit M. Lepic, tu es trop près.

   Mais Poil de Carotte, instinctif, fit un pas de plus en avant, épaula, déchargea son arme à bout portant et rentra dans la terre la boulette grise. Il ne put retrouver de sa caille broyée, disparue, que quelques plumes et un bec sanglant.

   Toutefois, ce qui consacre la renommée d’un jeune chasseur, c’est de tuer une bécasse, et il faut que cette soirée marque dans la vie de Poil de Carotte.

   Le crépuscule trompe, comme chacun sait. Les objets remuent leurs lignes fumeuses. Le vol d’un moustique trouble autant que l’approche du tonnerre. Aussi, Poil de Carotte, ému, voudrait bien être à tout à l’heure.

   Les grives, de retour des prés, fusent avec rapidité entre les chênes. Il les ajuste pour se faire l’oeil. Il frotte de sa manche la buée qui ternit le canon du fusil. Des feuilles sèches trottinent çà et là.

   Enfin, deux bécasses, dont les longs becs alourdissent le vol, se lèvent, se poursuivent amoureuses et tournoient au-dessus du bois frémissant.

   Elles font pit, pit, pit, comme M. Lepic l’avait promis, mais si faiblement, que Poil de Carotte doute qu’elles viennent de son côté. Ses yeux se meuvent vivement. Il voit deux ombres passer sur sa tête, et la crosse du fusil contre son ventre, il tire au juger, en l’air.

   Une des deux bécasses tombe, bec en avant, et l’écho disperse la détonation formidable aux quatre coins du bois.

   Poil de Carotte ramasse la bécasse dont l’aile est cassée, l’agite glorieusement et respire l’odeur de la poudre.

   Pyrame accourt, précédant M. Lepic, qui ne s’attarde ni se hâte plus que d’ordinaire.

   Il n’en reviendra pas, pense Poil de Carotte prêt aux éloges.

   Mais M. Lepic écarte les branches, paraît, et dit d’une voix calme à son fils encore fumant :

   Pourquoi donc que tu ne les as pas tuées toutes les deux ?

 

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