只野真葛 むかしばなし (115) 腑分け後の怪異
一、父さま、いまだ、獨身にて有(あり)し時、解體(かいたい)の師に付(つき)て、とが人の、どうを、かついで、俯分(ふわけ)をしに、先生と、同門弟、四、五人づれにて、鈴が森に御出(おいで)有しに、十月末にて、から風、吹(ふき)、さむき夜中、死人をいろいろに、とき、さばき、見おわりて[やぶちゃん注:ママ。]、
「家へ、かへるよりは。」
とて、いづれも、品川に行(ゆき)、あそびしに、女郞共、何か、そはそはとして、おちつかぬていなりしが、寢(いね)さまに、茶わんにて、酒、二、三盃のみて、ふしたりし、とぞ。
『酒の好(すき)な女か。』
と、おもひて、御出(おいで)有しが、一寢(ひとね)ねて、目のさめし時、枕の上にて、ほととぎすの聲せしが、
『軒(のき)ぎわ[やぶちゃん注:ママ。]か、もしは、廊下内(うち)か。』
と、おもふほど、ちかゝりしを、聞(きく)とひとしく、女郞は、
「ひつ。」
と、いふて、すがりつきし、とぞ。
「夜のあくるやいな、いづれもかへりしが、家に來りてよく考(かんがふ)るに、時鳥(ほととぎす)の鳴(なく)時節ならず、女郞ども、はじめのそぶりも、たゞならず、何か、變のある家にて、有(あり)しならんに、其一座の客、いづれも、死人くさかりしなども、女郞共の方にては、『いや』に、おもひしならん。」
と被ㇾ仰し。
[やぶちゃん注:小さな異変は、それ自体はたいした怪異ではないが、全体がブラック・ボックスとなっている不思議な怪奇実談となっていて、なかなかに興味をそそる。]
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