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2023/12/30

フライング単発 甲子夜話卷三十四 16 武雄山の白龍

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。漢文訓点の内、「各」の「〻」は踊り字「〱」であるが、かく代えた。因みに、返り点(一二点を使わずに、上下点を用いている)、及び、振られた送り仮名(一部は漢字の読み含む)は、かなり不全である。なお、底本(『東洋文庫』版)では、「龍」は総て『竜』とするが、私はこの「竜」の字を生理的に好まないので、総て「龍」とした。図があるのだが、底本の『東洋文庫』版は非常に薄く、加工してみたが、限界があるので、特異的に所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)にある宵曲の模写したそれを、OCRで読み込み、トリミング補正して並置して掲げた。前が原本、後が宵曲のもの。但し、宵曲のそれは、元の龍の顏とは、全然、似てないぞッツ!

 

34―16 武雄山(たけをやま)の白龍(はくりよう)

 

Hakuryugenzu

 

Hakuryouzusibatamosya

 

 去(いに)し寬政辛亥[やぶちゃん注:寛政三年。一七九一年。]の夏、長崎より、一客、來れり

 一夕(いつせき)、これと對話せしときの話に、客、所識(しよしき)の僧、先年、白龍(はくりよう)を見たり。その僧、妄言(まうげん)する者にあらず。眞實(しんじつ)、語(かたり)なり。

 予、輙(すなはち)、其(その)ことを記(しる)せんとす。

 客、曰く、

「僧、已に、其ことを、記(しる)せり。」

と。

 後(のち)に、その記事を得たり。

   視白龍

余到肥之武雄驛。日既桑楡旅舍シテ溫泉、而閑行逍遙焉。驛西之山、高キコト百餘仭、松樹雜ㇾ翠、磴道馮ㇾ虛。其巓石相倚而立、陰宕鬱㠥無ㇾ所ㇾ依。因振ㇾ衣而下。山半一巡左轉シテ、地狹シテ平坦、峭壁峙列。有池水。極淸冷。同行數子、各シテ以飮、散╸于峭碧之間。余獨盤╸シテ池頭、殿數子シテシテ。水中有ㇾ物、磷々乎。熟視スレバ則純白之龍也。雙角競、纖毛被ㇾ首。頤連蝟鬚。鱗鬣相映、皎潔甚於氷雪ヨリ。但瞳子淺黑ニシテ、大如豆實。兩足跨池底、擧ㇾ首正面。顏長七八寸、身圍可ㇾ拱腹心。而上凡二尋、下體卽不ㇾ見。蓋在于穴罅乎。貌不激烈ナラ。端嚴ニシテ且懿。配レバ乾爻、則膺九三乾乾惕若之象邪。余與ㇾ之隔ルコト數尺。相對斯須。而余不驚悸者、以彼貌ルヲ激烈ナラ乎。乃呼數子而曰。玆靈物、可シト而視。數子未ㇾ到。龍俄然トシテ矣。下ㇾ山還驛舍。以ㇾ事語ㇾ主。主異トシテㇾ之曰。恐クハ彼山之神也ナル乎。未ㇾ聞有ㇾ觀ㇾ焉者。實寶曆癸未秋七月廿一日也。長崎白龍大壽撰、幷書。

[やぶちゃん注:以下は、底本では全体が一字下げ。]

白龍山人、於ㇾ予有通家之誼。嘗爲ㇾ予談其観白龍之事。予聞ㇾ之以爲ㇾ奇矣。蓋山人以白龍自称者、拠ㇾ之也。今及ㇾ讀記文竊謂如ㇾ斯之奇、可一ㇾ傳乎。予遂請山人命ㇾ工。倂ㇾ圖剞劂焉。天明戊申夏五月、北島長孝識。

 

■やぶちゃんの呟き

 これ、実は一度、「柴田宵曲 妖異博物館 地上の龍」の私の注で電子化している。但し、Unicode導入以前であったため、漢字不全があるので、今回は全くの零から作業した。

 まず、「觀白龍記」の訓読を試みる。訓点は不全なので、送り仮名を追加し、読みは推定で歴史的仮名遣を用いた。恐らく作者は、殆んど音を用いているものと思うが、私のものは、敢えて読み易さを考えて、意図的に訓で意訓にしたところがある。また、段落を成形した。

   *

   白龍を視るの記

 余、肥の武雄(たけを)驛に到(いた)る。

 日(ひ)、既に桑楡(さうゆ)に在り。旅舍(りよしや)に就(つ)き、溫泉に浴して、而して、閑行逍遙(かんかうせうえう)す。

 驛西(えきせい)の山、高きこと、百餘仭、松樹(しやうじゆ)、翠(みどり)を雜(まぢ)へ、磴道(とうだう)、虛(こ)に馮(よ)る。

 其の巓(いただき)、石、相ひ倚(よ)りて、立ち、陰宕鬱㠥(いんたううつるい)、依る所、無し。

 因(よつ)て、衣(い)を振(ふり)て下(くだ)る。

 山の半(なかば)の一逕(いつけい)、左轉(さてん)して、地、狹(せば)くして、平坦、峭壁(しやうへき)、峙列(じれつ)す。

 池水(ちすい)有り。極めて、淸冷(せいれい)。

 同行(どうかう)の數子(すうし)、各(おのおの)、掬(き)くして、以つて、飮(いん)し、縹碧(へうへき)の間(かん)に散步す。

 余、獨り、池頭(ちとう)に盤桓(ばんくわん)して、數子(すうし)を殿(しんがりす)る。

 而して、偃(いこひ)して、飮(いん)す。

 水中、物、有り、磷々乎(りんりんこ)たり。

 熟視すれば、則ち、純白の龍なり。

 雙角(さうかく)、競ひ起こり、纖毛(せんもう)、首(かうべ)に被(かぶ)る。

 頤(おとがひ)、蝟鬚(いしゆ)、連なる。

 鱗・鬣(たてがみ)、相ひ映(は)え、皎潔(かうけつ)せること、氷雪(ひやうせつ)より甚だし。

 但(ただ)、瞳子(どうし)、淺黑にして、大いさ、豆の實(み)のごとし。

 兩足、池底(ちてい)に跨(またが)り、首(かうべ)を擧(あ)げて、正面(しやうめん)す。

 顏、長さ、七、八寸、身圍(みまはり)、腹心(ふくしん)を拱(こまね)く。

 而して、上(うへ)、凡そ二尋(ひろ)、下體(かたい)は、卽ち、見えず。

 蓋(けだ)し、穴(あな)の罅(ひび)の中に在るか。

 貌(かほ)、激烈ならず。端嚴(たんげん)にして、且つ、懿(うるは)し。

 諸(もろもろ)を、乾爻(けんこう)に配(はい)すれば、則ち、九三(くさん)の乾乾(けんけん)惕若(てきじやく)の象(かたち)に膺(あた)るか。

 余、之れと隔(へだ)つること、數尺。相ひ對して、斯(か)く、須(しばら)くす。

 而して、余、驚悸(きやうき)せざるは、彼(か)の貌(かほ)の激烈なたざるを以つてか。

 乃(すなは)ち、數子を呼びて、曰(い)ふ。

「玆(ここ)に靈物(れいぶつ)有る、來たりて視るべし。」

と。

 數子、未だ到らず。

 龍、俄然として、隱(かく)る。

 山を下り、驛舍に還(かへ)る。

 事を、以つて、主(あるじ)に語る。主、之れを、

「異(い)。」

として、曰く。

「恐らくは、彼(か)の山の神なるか。未だ、焉(これ)を觀(み)る者、有るを、聞かずざるなり。」

と。

 實(じつ)に寶曆癸未(みづのとひつじ/きび)秋七月廿一日なり。

 長崎、白龍大壽、撰(せん)し、幷びに、書(しよ)す。

   ※

白龍山人(はくりゆうさんじん)、予に於いて、通家(つうけ)の誼(よし)み、有り。嘗つて、予、爲(な)すに其の「白龍」を観しの事を談ず。予、之れを聞きて、以つて、「奇」と爲す。蓋(けだ)し、山人、「白龍」を以つて自称するは、之れに拠(よ)るなり。今、記文を讀むに及んで、竊(ひそ)かに謂(い)ふ、「斯(か)くのごとき奇(き)、可以つて傳へざるべきか。」[やぶちゃん注:反語。]と。予、遂(つひ)に、山人に請(こ)ひて、工(たくみ)[やぶちゃん注:ここは版木の彫り師。]に命ず。圖と倂(あは)せて剞劂(きけつ)[やぶちゃん注:彫刻。]焉(をはん)ぬ。天明戊申(つちのえさる/ぼしん)[やぶちゃん注:天明八年。一七八八年。]夏五月、北島長孝識。

    ※

   *

 語注する。これも、先の私の古いものを参考にせず、新たに附した。

「肥の武雄(たけを)驛」佐賀県武雄市(たけおし:グーグル・マップ・データ。以下無指示は同じ)。

「桑楡(さうゆ)」夕日が樹木の枝にかかること。 夕方。

「溫泉」武雄市市街中心に「武雄温泉」が今もある。

「驛西(えきせい)の山」位置関係と標高(「百餘仭」=約二百十二メートル超)から、「御船山」(みふねやま)と推定する。「ひなたGPS」で戦前の地図の方を見ると、ピークを二百十一メートルとする(現在の国土地理院図では二百七・一メートル)。グーグル画像検索「武雄市御船山」を見ると、以下に記す景観と、遜色ない。

「磴道(とうだう)」石の坂道。

「虛(こ)」虚空、空の意で採った。

「馮(よ)る」向かう。

「陰宕鬱㠥(いんたううつるい)」「宕」は洞穴。「㠥」は岩山が幾重にも連なっているさま。

「峭壁(しやうへき)」切り立った険しいがけ。

「峙列(じれつ)」高く聳え、峙(そばだ)ち、しかも、それが列を成していること。

「池水(ちすい)有り」「ひなたGPS」を見て貰うと、御船山の東北から西にかけて、五つの池を確認出来る。「左轉」というのが不審だが、この孰れかであろう。候補としては、戦前の地図でも確認出来る、ここの「四十九重池」か「鏡池」に絞ってよいかとも思われる。

「縹碧(へうへき)」藍よりも少し碧(あお)い色。ここは池水のそれ。

「盤桓(ばんくわん)」うろうろと歩き回ること。 また、ぐずぐずすること。

「偃(いこひ)して」「偃」(音「エン」)には「憇う・休む」の意がある。

「磷々乎(りんりんこ)」水が透き通って、底の石の見えるさま。

「蝟鬚(いしゆ)」濃い髭(ひげ)。

「鬣(たてがみ)」背鰭。

「皎潔(かうけつ)」白く清らかで汚(けが)れのないさま。

「瞳子(どうし)」瞳孔。

淺黑にして、大いさ、豆の實(み)のごとし。

 兩足、池底(ちてい)に跨(またが)り、首(かうべ)を擧(あ)げて、正面(しやう「腹心(ふくしん)を拱(こまね)く」腹上部(その下部は隠れて見えない)と胸部部分で、「拱く」はその部分が「両手で抱えるほどの太さである」ことを言っているように思われる。

「上(うへ)、凡そ二尋(ひろ)」実際に見えているとする腹上部から頭部までの長さであろう。「尋」は本邦では五尺、或いは、六尺であるから、三メートルから三メートル六十四センチメートルほど。この言い方が、物理的に事実であるなら、もう、蟒(うわばみ)の類いで、実在する本邦のヘビではあり得ない。現行、最大種は爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ナミヘビ科ナミヘビ亜科ナメラ属アオダイショウ Elaphe climacophora だが、それでも全長で三メートル超だからである。しかし、私は、この「龍」がアルビノ(白化個体)であることから、アオダイショウのアルビノであるだけでなく、下半身が潰れた奇形個体なのではないか? と推定するものである。

「乾爻(けんこう)に配(はい)すれば、則ち、九三(くさん)の乾乾(けんけん)惕若(てきじやく)の象(かたち)に膺(あた)るか」易(えき)は興味がなく、知りもしないので、注さない。先行電子化では、『よく判らぬが、易に基づく八卦から諸相を判断した、相を述べているのであろう』と誤魔化しているので、ここは正直に言っておく。

「寶曆癸未」「秋七月廿一日」宝暦十三年七月二十一日は、グレゴリオ暦で一七六三年八月二十九日。

「長崎」「白龍大壽」不詳。

「北島長孝」不詳。

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