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2023/12/23

只野真葛 むかしばなし (86)

 

一、福原縫殿といひし人、忠太夫が弟子にて、是も上手なり。

 縫殿が家來に細工すぐれたる者有しが、おぎ笛をくらせしが[やぶちゃん注:ママ。『日本庶民生活史料集成』版では『つくらせしが』とある。]、奇妙なる笛にて、是をふけば、化物までも、より來りしとぞ。

 或時、縫殿、

「猪を待(まつ)。」

とて、山に宿りて居(をり)しに、夜明がたに、とやの戸口に、妻女の、寢卷のまゝにて、立ゐたりしが、いかに見ても人に違(たがひ)なし。去(さり)ながら、

『女などの、只、壱人(ひとり)、しかも、寢卷のまゝにて來(きた)るべきやう、なし。變化《へんげ》の物に違(ちが)ひなし。』

と、おもゑ[やぶちゃん注:ママ。]すまして、鐵砲にて打止(うちとめ)たりしが、いつまで見ても、妻の形なりしかば、壱人、里に歸りて見しに、妻は、かはる事なくて出迎(でむかへ)し、とぞ。

 さすが、顏色の惡(あし)かりし故、【ぬひが顏色のわるきなり。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]

「病にや。」

と尋(たづね)しとぞ。

 何事も語らず、家來を呼(よび)て、

「今朝(けさ)、あやしき物を打(うち)とめたり。いそぎ、行(ゆき)て、見て參れ。」

と云付(いひつけ)やりしとぞ。

「行て見たれば、古むじなの打(うた)れて有(あり)し。」

とて、持(も)て來たりしを見て、始めて、事を、かたりし、とぞ。

 又、或時、獵に出(いで)しに、十匁(じふもんめ)の玉を二ツ玉に籠(こめ)て待居《まちをり》し時、七間ばかり向《むかふ》へ、大うわばみ[やぶちゃん注:ママ。]、口を明(あけ)て一吞にせんとしたりし時、其鐵砲にて、口中(くちなか)を打(うち)しかば、何かはもつてたまるべき、谷底へ轉び落(おち)しとぞ。去(さり)ながら、空、曇り、大風、起(おこり)て、山鳴(やまなり)・震動(しんどう)夥しく、おそろしかりし事なりし、とぞ。

 うわばみは、三日、谷中(たになか)に、くるひて、死(しし)たり。

 長、十三間、有(あり)し、とぞ。

 後のかたり草にとて、背の骨を、一車(くるま)、とりて、庭に置(おき)しが、わたり七寸ばかりありし、とぞ。

 是、皆、おぎ笛によりて、來りしとなり。

 それより、「ひめどう」と名付(なづけ)て、祕藏せられし、とぞ。

 然るを、忠太夫、其笛二有し内一をもらいて[やぶちゃん注:ママ。]、寶物(はうもつ)として置(おき)しを、病死の時、

「養子覺左衞門に、讓る。」

とて、

「此笛は、しかじかの事、有(あり)て、吹(ふけ)ば、化物の、よりくる笛なり。必ず、用(もちふ)べからず。」

と、いひし、とぞ【後、覺左衞門ふきし時も、あやしき毛物、より來りし。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]。

[やぶちゃん注:この話、実は、「柴田宵曲 妖異博物館 化物の寄る笛」の私の注で、全文を電子化している(但し、読みを附していない底本のベタ版である)ので、見られたい。注もしてある。【追記】この最後の記事は、後の「95」によって、ある種の殺人隠蔽の疑いがある。]

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